第七十二話 わたしは下馬評を(以下略)
「はあ~、何を言っているんですか、部長? 寝言は寝てから言ってください」
おれは、馬鹿な提案を切り捨てる。そんなBPOとか教育委員会とかPTAとか怖い団体が来そうな発言を部活の場で言わないで欲しい。下手したら廃部案件ですよ、まったく。おれは、脳内で必死に煩悩を振り払い否定する。まだ、理性が勝っていた。
「そうですよ、抜け駆け…… じゃなかった。ひとりだけずるいです」
かな恵も猛烈に部長を批判する。批判しているんだよな、これ?
「なら、わたしも、桂太先輩といっぱい遊びたいです」
葵ちゃんまで参戦を表明した。なんだこのバルカン半島みたいな状況は…… 火薬庫、火薬庫なのか、おれは?
「桂太は、モテモテだね~」
文人は達観した棒読み状態だった。たぶん、文人が一番ダメージが大きい気がする。たぶん、きっとそうだ…… 同じ男だからわかる。
「なに、いかがわしいことを考えているのよ、みんな。これは将棋合宿よ」
「えっ」
「いい、みんな。わたしと桂太くんが同じ部屋に止まるのは合理的な理由があるの」
また、なんかはじまったよとみんなが変な顔になる。
「どんな理由ですか?」
おれは、冷たく聞き返す。
「よくぞ、聞いてくれたわ。桂太くん。それは……」
「それは?」
「一晩中、一緒に将棋ができるからよ」
「……」
「……」
「……」
よし、却下。みんながそう言う顔になった。
「異議あり! それなら、私は家族です。兄妹です。一緒の部屋にいる正当な理由があります」
「だまれ、小娘。おまえに桂太が救えるか」
またまた、いつもの二人のパートになってしまった。そんな偉大なアニメをネタにコントしなくていいですから、部長。
残されたおれたち3人は顔を見合わせて、うなづいた。
男部屋と女部屋をひとつずつ予約する。これで完璧だ。
「よし、帰ろうか」
おれは予約内容を将棋部のグループラインに投稿した。ふたりが、ひきつった笑顔で笑った。まだ、かな恵と部長は気がついていないのでほっとくことにした。
「合宿楽しみですね」
「ああ」
「葵ちゃん、ゴキゲン中飛車研究がんばろうぜ~ 3人で」
「わーい」
そう言いながら、おれたちは静かに部室を後にする。
「本当の敵は、葵ちゃんじゃないんですか?」
「わたしにとっては違うわ」
「それは理屈です」
「だが、正しいものの見方よ」
はいはい、金がなかったら頓死だった、頓死だった。
「わたしは下馬評をくつがすだろおおおおおおおおおおおおおおおおお」
最後の部長の断末魔は、なぜか将棋ネタだった。




