第六十二話 死闘!部長vs義妹②
「4五角」
やはり、かな恵ちゃんは、角を打ちこんできた。「筋違い角」だ。
この戦法はプロ間では廃れてしまったが、アマチュアでは専門家を中心として大人気な奇襲戦法だ。奇襲戦法とはいっても、昭和初期の名人戦にも登場した由緒正しい戦法でもある。
「筋違い角」側は、確実に歩を1枚得できるメリットもある。デメリットとしては、角の動きが制限されてしまうところだ。
これがやっかいなのは、やられた側が振り飛車を完全に放棄しなくてはいけないところだ。つまり、わたしの伝家の宝刀「四間飛車」は完全に封じられてしまった。わたしの対策として、かな恵ちゃんが温めてきた戦法だろう。
本当に嫌な戦法だ。わたしの得意な戦法は封印されて、彼女の誘導する局面で戦わなくてはいけない。これは、アマチュアの将棋指しにとっては、完全なアウェーでの戦いを意味する。桂太くんが、かな恵ちゃんに決勝戦で苦戦した理由もそれだ。完全アウェーでの装備なしでの地雷原突破。持ち時間も少ない今回の対局では、最悪の地獄を意味する。
でも、負けるわけにはいかないのだ。
だって、好きなひとが目の前にいるのだから……
わたしを、こんなポンコツなわたしでも、尊敬してくれる桂太くんを失望させられない。わたしは、力強く銀を動かした。これで、四間飛車は使えない。わたしは切り札を失った。
「やっぱり、振り飛車はできませんよね」
かな恵ちゃんは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
この子は、学校では明るくて素直な子なのに、将棋のことと桂太くんのこととなると途端に勝負師の顔になる。本当に極端に変わってしまう彼女の様子にわたしは、驚きとともに闘志をみなぎられせる。
「本当に負けず嫌いだね。かな恵ちゃんって」
「そんなの部長だって同じじゃないですか」
わたしたちの目線に火花が飛ぶ。絶対に負けられない戦いがここにはあるのだ。たぶん、彼女もお兄さんの前で負けたくない。これは、将棋盤を借りておこなわれる恋愛代理戦争なのだ。
「じゃあ、いきますよ」
そう言って、かな恵ちゃんの飛車が横に動いた。
完全な挑発だ。わたしの四間飛車を封印させて、自分が振り飛車を使う。さらに、動いた場所は、四間飛車の位置。この子は……
「筋違い角四間飛車か……」
一時期、桂太くんと研究したこともあるこの形だ。相手には、振り飛車をさせずに、自分だけ振り飛車にできる戦法だ。これは、本当にやっかいなことになってしまった……
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用語解説
筋違い角……
角を交換したあとに、4五の位置に角を打つ戦法。奇襲の王様とも呼ばれて、愛好家が多い。
歩をひとつ得することができ、かつ、相手の振り飛車を封印させることができる。
筋違い角四間飛車……
筋違い角を採用した後に、飛車を振って四間飛車にする戦法。
相振り飛車が苦手な四間飛車党のひとが、確実にそれにするためによく使われる。




