第六十話 ハンバーグ
「じゃあ、ふたりとも、休んでいてよ。おれは、母さんの手伝いしてくるからさ」
「なら、わたしも……」
「いいよ、いいよ。かな恵は、買い出ししてくれたし。部長に手料理くらいは、食べてもらいたしね」
わたしは、誘われるままに、彼の家に来てしまった。
※
「ただいまー、帰りに兄さんと部長が歩いてたから、夕飯に誘っちゃった」
かな恵さんが、ご両親にそう言った。
「あらあら」
「まさか、桂太が女の子と……」
ご両親の反応は少し嬉しそうだった。
※
「まさか、かな恵さん。ここまでするとは思っていなかったわ」
わたしは計画がつぶされて、憔悴しきった声でそう言った。
「なに、言ってるんですかー? わたしはたまたま、買い物帰りにふたりを見かけただけですよ。それとも、見られちゃいけないことでもしていたんですか?」
なにを白々しい。
「いや、別に」
そう答えることしかできないのだ。
「ですよねー」
この後輩、煽りよる。
「関係ないけど、わたしちょっとあなたへの恨みをはらしたくなってきちゃったわ」
「そうですか。わたしも、偶然なんですけど、泥棒ネコにお仕置きをすえたくなってましたね」
わたしたちの熱視線が交差する。
「こういう時は、将棋部らしく、将棋でしょうぶしましょうよ、かな恵ちゃん」
「いいですねー。その勝負乗りました」
そんな一触即発状態の私たちに、桂太くんの声が響いた。
「ふたりとも、ご飯できたよー」
その呑気な声に、わたしたちは力が抜ける。
「じゃあ、対局は……」
「ご飯を食べてからですね」
変なところの利害は一致する私たちだった。
※
テーブルには、ハンバーグと野菜スープがあった。
「いただきます」
夕食をご一緒したわたしは遠慮がちにハンバーグに手をつけた。
家庭的なハンバーグだ。ソースとケチャップで作ったソース。肉は合挽。
やさしい味がする。まるで、彼みたいだ。
「おいしい」
思わず声がでてしまった。
「よかった~。香ちゃんのハンバーグは、桂太が作ったのよ」
お母さんがそう言った。
嬉しはずかしい。
「だろう。桂太は、小さいころから料理を作ってるから、かなりうまいんだよ」
お父さんが自慢げにそう語る。
わたしの料理の腕は……
まあ、いいや。
わたしは桂太くんが作った野菜スープにも手をつける。こちらも優しい味がする。
ああ、キスはできなかったけれど、これはこれで得をした気分になる。生きていてよかった。そんな風に思える味だった。
「桂太くん、ありがとう。とてもおいしいわ」
桂太くんは少しだけはずかしそうに笑った。
それをみながら、かな恵ちゃんは少しだけ膨れていた。




