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第五十九話 夕食

「じゃあ、香ちゃん。ゆっくりしていってね」

「そうだよ。遠慮しないで食べてね。妻と息子の手料理は最高なんだ」

 桂太くんのご両親がそう笑顔で歓迎してくれた。


「ありがとうございます! いただきます」

 私は、余所行きの笑顔でそう言った。


 そう、私は、完全に桂太くんとのフラグを1日かけて綺麗に建設したはずだ。

 序盤から、私のペースに引き込み、少しずつ彼に私を異性として認識させる。

 最後に、もう一押しを詰めて、彼の唇をゲットする。すべて、計画通りだった。「矢倉91手定跡」や「木村定跡」ぐらい壮大な戦略だったのだ。もう、ほとんどの変化で、初手から詰みまで研究されていた。桂太くんは、その定跡にはまり、みごとに私の策にはまってくれたのだ。


(なのに、、、、)

 すべての努力は無に帰される。最後の最後で、盤上の駒はすべて吹き飛んでしまった。

 そして、


「(どうしてこうなったあああああああああああああああああああああああああああああああ)」


 時間は、1時間前にさかのぼる。


 ※


「ねぇ、桂太くん? キスしよっか?」

 勝った。私は確信した。ここまできたら、3手詰くらい簡単な詰将棋である。有段者なら2秒で解けてしまう。そんな状況だった。


「えっ、えっと」

 もちろん、この反応も想定通り。


「嫌、なの?」

 はい、あと1手詰。


「いや、いやじゃないです」

 よし、勝ち切った。あとは、ノータイム指で、詰ませれば……。私は嬉しすぎて、サハラ砂漠でヌード撮影できるほど気分が高揚していた。


「じゃあ、いくよ」

 見ているのは、池に反射しているお月様だけ。ああ、本当に、月が綺麗ですね。死んでもいいわ。


 わたしが、彼の顔に近づいたその瞬間……


「あれれー、兄さんと米山部長じゃないですか? どうしたんですかー?」

 その声にビックリして、私は顔を離した。この聞いたことがある声は、まさか……


「かな恵ちゃんっ!?」

 どうして、ここに。彼女に尾行されている危険性も踏まえて、チケット制の指導対局まで用意しておいたのに…… まさか……


「偶然ですね。わたしは、夕食の材料の買い出しですよ。ふたりは、もしかして……」

 やられた。まさか、ここまでとは……

 私は、彼女の狂気じみた執念に恐怖する。


「ああ、ふたりで将棋道場に行った帰りなんだ」

 そう、桂太くんならそう返すだろう。つまり、これは……

「なーんだ。デートだと思ったのに、違うんですか~ 将棋ならしかたないですね~」

 そう、デートの否定につながるのだ。そして、私が1日かけて作った雰囲気はすべて崩壊した。


「あっ、じゃあ、米山部長もうちでご飯を食べていってくださいよ。今日は、ハンバーグなんですよ~」

 そう言ったかな恵ちゃんの笑顔が酷く邪悪なものに見えた。


 錯覚いけないよく見るよろし。



――――――――――――――――――――――――――――――――

用語解説


「矢倉91手定跡」……

名前の通り、矢倉戦法の定跡で91手と最終盤近くまで定跡化されている戦法。


「木村定跡」……

角換わり腰掛け銀の定跡で、半世紀以上前に人の力だけで定跡化された。

それ以降、結論は覆っていないとされる。

変化によっては、初手から詰みまで定跡となっている。知らなければ終わりの世界。

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