第五十八話 でーと?⑤
「いやあああ、プロは強かったですね」
おれたちは、外に出てそう叫んだ。
本当にプロは強かった。さすがは、山井九段。トッププロだ。おれは、定跡の裏側に誘い込まれて、無理攻めをしなくてはいけない状態になってしまった。そんな攻めでは、プロの強靭な受けには勝てない。みごとにおれは投了した。清々しいほどの負けっぷりだ。
「でも、部長が惜しかったですね。一手差でしたもんね」
そう、部長は、ほんとうに惜しかった。おれには、ほんの少しの差にしか見えなかった。
「うん、でも、最後は少し手を抜いてくれたみたい。わたしに花を持たせてくれたんだと思うよ」
「それでも、ですよ。本当にいい対局でした。さすがは部長だと思います」
部長は困ったように笑って、「ありがとう」と軽く言った。
おれは、スマホで時間を見る。もう、6時だ。どうしようか? ここまで部長に全部任せきりできてしまったので、おれから食事でも誘った方がいいんだろうか? それが男の義務なのか? そんな、将棋オタクに難しい問題ださないでよ。頭の中は、大混乱だった。だれか、高性能恋愛AIとか持っていませんか。持っていませんよね、はい。
ええい、ままよ。
「あ、あの、ぶ、ぶ……」
完全にコミュ障変出者だ。
「ねえ、桂太くん。もう少しだけ付き合ってくれる?」
部長はそんなおれを見ながら、大人な余裕でそう言った。
「あっ、負けました」
大名人の名言が頭でこだまする。もうどこからどう見ても、部長のほうがイケメンだ。デートプランは完璧だし…… 肝は座っているし…… おれと同じ将棋オタクなのに、どこで差がついたのだろう。慢心? 環境の差? まあ、結論は決まっている。最初からだ。言っていて、むなしくなることうけおいだけどな……
※
「公園で少しだけ散歩しよう?」
部長の提案は簡単だった。「いいですよ」とおれは何も考えずにOKした。
「ねえ、桂太くん知ってる?」
池の外周を散歩しながら、部長はかわいらしい口調でそう言った。池の水に月が反射している。
「なにをですか?」
「ここで告白した男女のカップルは幸せになるっていう伝説?」
「し、しりませんよ」
「だよねー。だって、わたしがいま作ったんだから」
「あんまり、からかわないでください」
一瞬、心臓が止まりかけましたわ。なんですか、新手のはめ手ですか?
「からかってないよって言ったら?」
「えっ」
部長は見たことがない顔になっていた。顔は赤らんでいて、目は潤んでいる。
「ねえ、桂太くん? キスしよっか?」




