第五十七話 でーと?④
「キミたちは、かなりうまいね」
多面指しをしている山井九段がおれたちのテーブルにきたときそう言った。
部長は、角落ちのため、三間飛車戦法で、おれは2枚落ちのため、銀多伝戦法を採用した。おれたちは以前に駒落ち定跡を、かなり勉強したので、自信満々だ。今度、葵ちゃんとも駒落ちで指そう。
「もしかして、高柳の教え子さん?」
「はい、そうですけど……。山井先生は、高柳先生と知り合いなんですか?」
いきなり、顧問の先生の名前がでてびっくりした。
「そうだよ。大学が一緒でね。席主さんと3人でいつもバカしてたんだ」
「そうなんですか」
「たまに、飲むと、キミたちの話題になってね。面白い教え子がふたりもいるとかなんとか」
「ちょっと、はずかしいですね」
おれたちは、恐縮して赤くなる。
「じゃあ、おれも少し本気になっちゃうかな?」
「えっ」
「えっ」
そう言って、山井九段が指した手は定跡外の一手だった。盤面がどんどん複雑化していく。
「これが、駒落ちの裏定跡」
そう言って、クスっと笑う山井先生の顔は悪魔のように見えた……。
※
「ずいぶん、手荒い指導将棋をしてくれたみたいだな」
おれは、山井に向かってそう言った。
「だって、そうじゃなくちゃ、おもしろくないじゃない」
指導対局を終えて、リラックスしていた山井は、大学時代に戻った時のような口調に変わっていた。
「久しぶりだね。高柳」
「で、どうだった、おれの教え子たちは?」
「女の子の方。米山さんだっけ? 彼女は、おもしろいよ。まるで、高柳の大学時代を思い出すような将棋だ。得意戦法はきみと同じ振り飛車だし、受け将棋だし……。キミが入れ込むのもわかる。あれは、いい原石さ」
「佐藤のほうは? 男の方はどうだ?」
「ちょっと異質だね。アマチュアの短時間勝負だと、才能がわかりにくいかもしれないけど、いいものを持っている。《読みの深さ》ならたぶん誰よりも深い」
「よくわかってるな」
「そりゃあ、これでもプロだからね。それも最高段位だよ」
「ああ、知ってるよ」
「さすがは、初代プロ殺し」
おれは、昔の称号には反応をしめさず続ける。
「久しぶりに、将棋でも指そう。うまいウィスキーを持ってきたんだ。3人で学生時代にもどってさ」
「そりゃあ、いい」
ロックをいれたグラスが運ばれてきた。本当にサービスがいい将棋道場だ。
バーボンウイスキーの独特なバニラな味わいが口に広がる。
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人物紹介
山井賢治九段……
プロ棋士。段位は、九段(最高位)
振り飛車党で、48歳。
A級11期、タイトル3期の記録を持つトッププロ。
別名「振り飛車党最高顧問」。高柳先生とは大学の同期で、よく遊んでいた。
高柳徹……
桂太たちの将棋部の顧問。
48歳。
山井九段とは、大学の同期で、すでにプロ入りしていた彼の練習相手を務めていた。
四間飛車を得意とし、大学時代はアマチュア大会で活躍。
アマチュア大会の好成績によって、プロの大会にも出場し、並み居るプロと互角の戦いをみせた。
別名「プロ殺し」、「池袋の殺し屋」。
就職を期に、第一線からは退き、ほぼ隠居状態だが……




