第五十三話 中飛車
「先輩、どうして、中飛車なんですか?」
もめているおれたちをよそに、葵ちゃんはそう聞いてきた。
「ああ、中飛車は攻撃力も高いし、振り飛車の中では主導権も握りやすいし、守備だって固められる。あと、こちらで選択すれば、ほとんど邪魔されないからかな。この前教えた原始中飛車の知識だって活かせる。それに、この前の決勝でみた葵ちゃんの戦い方がとてもよかったし」
おれは考えていた理由を説明する。
「うっ」
「たしかに……」
小姑ふたりは、ぐうの音もでない様子だ。これは好感触。
「で、でも、相手が振り飛車だったらどうするのよ、桂太くん? 中飛車は相振りに弱いって言われてるじゃない」
部長は真面目な口調に変わっていた。
「それは、この前の決勝みたいに、飛車を振りなおすか、「中飛車左穴熊」があるじゃないですか」
「中飛車左穴熊か」
かな恵が反応した。たぶん、彼女の守備範囲の戦法だからだ。もともとは、大学の将棋部から生まれたマイナー戦法で、当初はプロに見向きもされていなかった。しかし、アマチュア強豪が使い定跡を整備していき発展した戦法だ。その強豪は、中飛車左穴熊を原動力にして、プロ編入試験もパスし、プロになってしまった。つまり、鍛えればプロにだって通用する優秀な戦法なのだ。
「たしかに、中飛車がいいわね」
「さすがは、兄さん」
ふたりは納得したようだ。というか、ふたりとも手のひらクルクルすぎない。腱鞘炎になっちゃうよ。
「わかりました。わたし、中飛車を勉強します」
葵ちゃんも元気よくそう答えた。これで、無事に解決だ。
「中飛車なら、文人くんの裏芸だし、桂太くんとふたりで一緒に研究もしているから詳しいわよ。わからないところがあったら、ふたりに教えてもらってね」
そう、文人は基本的に居飛車党だが、裏芸で角交換系の振り飛車も得意なのだ。市内大会でも、ここ一番で角交換四間飛車を採用して、勝利していた。
「頼もしいです。よろしくお願いします」
葵ちゃんはペコリとお辞儀した。ああ、よかった、よかった。
「それは、そうと桂太くん?」
「兄さん?」
「えっ、どうしたの? ふたりとも?」
「ううん、ただ、鈍感ラノベ主人公に鉄槌が必要かなって~」
「そうそう」
部室には、おれの絶叫が広がった。
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用語解説
相振り飛車……
お互いに飛車を振る状況のこと。
飛車の位置がお互いに動くため、振り飛車にもかかわらず縦からの攻撃になりやすい。
定跡の整備が難しく、力勝負になりやすい。
中飛車左穴熊……
振り飛車であれば、本来右側に囲う王を、左に囲う戦法。振り飛車戦法にも関わらず、最強の囲い居飛車穴熊を採用できる。
相振り飛車の際に用いられる戦法で、相振り飛車を弱点にしていた中飛車の救世主。
バランスが悪いので、出現当初は色物扱いされていたが、アマチュアの強豪たちが採用し好成績をあげたことで、徐々に市民権を獲得し、有力な戦法として認知されてきている。




