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【祝100万PV&本編完結】おれの義妹がこんなに強いわけがない ~妹とはじめる将棋生活~  作者: D@2年連続カクヨムコン受賞
史上最強の天才少女は、先輩を落としたい~プロ棋士vsフラグブレイカー~
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 ついに、クリスマス。

 彼女は、聖叡戦第6局に挑む。


 相手は、豊田政宗聖叡。

 コンピュータ将棋の第一人者として、高勝率を叩きだしているトッププロだ。


 棋風は、AIを使った精密な序盤研究で着実にリードを作り出して、強靭きょうじんな攻めで敵を貫く「好位圧倒こういあっとう」と呼ばれる超攻撃型。


 お互いに得意な角換かくがわり腰掛こしかけ銀となる。角を交換して、一騎打ちの決闘に挑むような攻め合いの将棋になりやすい。


 対局は、開始されてから9時間が経過している。

 お互いの持ち時間は、ほとんどなかった。


「藤本七段、持ち時間を使い切りましたので、この後の指し手は1手1分未満でお願いします」

 記録係の人がそう宣言した。


 もう、彼女はほとんど勘で指さなくてはいけない。

 

「(盤面は、私が有利になっているはず。このまま押し切れば……)」


 だが、相手は現役最強の男。そんな簡単に勝たせてはくれない。

 

 聖叡は、少しだけ考えて、盤上に角を打ち込んだ。

 角のただ捨て。


 しかし、それは怪しい妖刀が繰り出す鬼手だった。


「(どうするの? 私は、どうやって対処すればいい?)」

 不安は少しずつ冷静さを奪う。

 彼女には、他にも日本全国から集められた期待が降りかかっている。その重荷は、まだ16歳の女の子には重すぎる。


「(私のことを、藤本アキラとして扱ってくれる人なんて、家族以外ならひとりしかいないのよね)」

 彼女は、初めて弱気になった。


 ※


「がんばれ、藤本。もう少しだ、もう少しで勝てる」

 男は、自分の部屋で、ネット中継を見ている。


『すさまじい勝負手ですね。これは取るしかないですが、取ってしまうと一気に王手ラッシュになりますね。ひとつでも間違えてしまえば、そこで終わりです。これが詰むか詰まざるか。人間のレベルじゃ、判断できません。たぶん、わかる可能性を持っているのは、今対局しているふたりだけですね』


 解説の先生が、険しい顔をしている。

 アマチュア初段の彼には、さっぱりわからない。


 藤本は、将棋好きのあこがれだった。将棋界の新記録を次々に打ち立てていった物語の主人公。同年代にトッププロを凌ぐ才能を持つ人間がいるんだ。応援しないわけがない。


 そして、今年の4月。

 男は彼女と出会った。


 将棋のトッププロで、高校の先生たちを上回る収入を持つ将棋界の至宝は、天才なのにどこかちょっと抜けていた。


 やっぱりというか、どこかに普通の高校生とは違う彼女は、浮いていた。特別な存在だった。


「(特別だからこそ、俺は彼女を普通に扱おうと思ったんだ)」


 たぶん、それはひとめぼれだった。

 将棋界の歴史を塗り替える存在は、付き合えば付き合うほど、かわいい女の子だった。


「(藤本は将棋ばかりやっていて、少しだけずれているから、周囲は彼女を天才として扱われてしまうんだ。だから、彼女を特別扱いするには、普通の女の子として接しなくちゃいけない)」


 男は、憧れの女のために祈る。


 そして、少しでも彼女に近づきたいと願った。


「俺は、もっと藤本にふさわしい男になってやる!! だから、がんばれ、藤本! 勝ってくれ、頂点てっぺんまで行っちまえ!」


 終局まで、あと30分。


 ※


「負けました」

 ついに勝敗が決着した。


 最終盤における20回を超える連続王手。

 一歩でも間違えれば、即詰みのギリギリの勝負の中、彼女の思考は頂点までかけあがった。


 聖夜に将棋の歴史が塗り替わった。

 最年少タイトルホルダーがここに誕生したのだ。


 記者が対局場に流れ込んでくる。

 両者に簡単なインタビューをするためだ。


 彼女は、ほとんど無意識で答えていた。


「藤本《《新聖叡》》の素晴らしい将棋でした。ここまで気持ちよく負けたのは高校時代以来です」

 敗者は、そう言って、勝者を讃えた。


「総合通信の相田です。それでは、藤本新聖叡にお聞きします。対局中は、何を考えていましたか?」

 若い女性の記者が優しく問いかける。


「えっと、《《大事な人》》のことを、私のことを信じて応援してくれる人のことを考えて指していました」


 インタビューは続いていく。


 ※


 彼女はすべての仕事を終えて、一人部屋に戻る。

 応援に来てくれていた両親と師匠には、ちゃんと感謝を伝えた。


 だから、やることはひとつだけ。対局中は預けていたスマホの電源を入れる。


 10時間近くに及ぶ激闘のせいで、もう彼女はなにも考えることができなかった。だからこそ、本当の気持ちだけが残っている。


 もう深夜なのに、彼はすぐに着信に出てくれた。


「《《メリークリスマス》》、藤本」


 そうだ。今日はクリスマスだった。自分の野望も彼女は戦場において来てしまったのかもしれない。


「メリー、クリスマス、せ……んぱい」


 旅館の庭には白い雪が積もっている。


 思いが通じるまで、あと5分。


(完)

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