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【祝100万PV&本編完結】おれの義妹がこんなに強いわけがない ~妹とはじめる将棋生活~  作者: D@2年連続カクヨムコン受賞
史上最強の天才少女は、先輩を落としたい~プロ棋士vsフラグブレイカー~
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―翌日の放課後―


「あっ、先輩!! 今日はもう終わりですか?」

 

 誰もが振りむくようなはかなげな可愛らしさと美しい黒髪。やや、小柄な体だが、スラリとしていて、まさに学園のアイドルである彼女は、偶然出会ったかのように意中の男に話しかける。


 が……


 それはすべて嘘である!! この女、30分も前からここに待機していた。完全な確信犯である。


「おう、藤本か。今日は部活に来なかったな。なにかあったのか?」

「学校新聞の取材を受けてて……」

「プロはやっぱり大変だな、次のタイトル戦もがんばれよ」


 よし、一緒に帰る流れができた。天才的な頭脳を持ちながら、やることは結構地味というツッコミはおいておこう。


 たいていのことは、地味な方がうまくいくのだから仕方がない。

 将棋の格言にもある。終盤の王様を追い詰めるには、俗手と呼ばれるつまらない手の方がいいと。


 大事なことは、全部将棋が教えてくれた!

 

 彼女は、将棋の天才。つまり、すべての尺度が将棋で図られる。

 史上最高の終盤力とよばれる彼女の手は、着実に彼を追い込んでいた。


 だが、これは現実だった!!


「じゃあな~俺、ハンバーガー食べていくから」


「(えーーー、一緒に帰る流れじゃないの!! 誘ってよ、お願いだから、そこは誘ってくださいよ、先輩! 将来の名人とも言われる私が、12月の寒い中、30分もここで待ったんですよ! プロ棋士の先輩たちは、私とどうにか練習対局をしたいって、お誘いのメールがあふれているんですから……私がこんな仕打ち受けたなんて聞いたら、来月号の将棋ワールドで、先輩の顔写真が巻頭カラーで指名手配されちゃいますよ!)


 この先輩は、史上最強の天才を上回るフラグブレイカーなのだ。下手なラノベ主人公も真っ青になるほど、鈍感で、これまでも彼女の用意周到な罠をことごとく潰している。


「待ってください、先輩! 私もお腹空いたんで、一緒に行ってもいいですか?」

 彼女は、先輩の手を取って引き留めた。


「お、おう。いいけど、お前の手、ずいぶんと冷たいな。もしかして、俺と一緒に帰りたくて、ずっと待ってた?」


「(はうあうああぁぁぁあああ!! ドジッちゃったあああぁぁぁあああ!」

 そう、彼女は天才。しかし、大事なところはどこか抜けている。天才とは、つまり、そう言うものなのである。


「まったく、健気な後輩だな。いいぞ! 今日はクーポンあるから、フライドポテトLサイズ注文しようぜ!」

「(恥ずかしくて、死にそう……)」


 彼女は、なんとか当初の目的を達成した。


「(でも、うまくいった。どんなに恥ずかしくてもいい。だって、カッコ悪くても、この放課後の時間は、私のかけがえのない大切な宝物だから……)」


 彼女は、将棋の対局で勝ったかのような、高揚感に包まれた。


 ハンバーガーショップ! それは欲望渦巻く食欲の要塞。


 男はフライドポテトとハンバーガーを、女はシェイクを頼む。


 しかし、すでにここから女の計画ははじまっているのだ!!


「(フライドポテトのシェア。それは、恋愛フラグ建設のチャンス!!)」


 天才の頭脳はフル回転で回りだした。疲れた頭に効くバニラシェイクも用意してあるし、まさに準備は万全!!

 将棋でも一本の直線的な思考ではなく、枝分かれした論理をまとめる力が必要になる。


 ここで、相手がこうしたらこう。ああしたらそう。こんな感じで、無数の選択肢の中でどうやっても、先輩をドキドキさせるための変化を用意しているのだ。


 彼女の本命は、不意に手が当たってドキドキ作戦。これは、自ら仕掛けに行く激しい変化。自分も恥ずかしいが、相手も恥ずかしい。まさに、相横歩取りのような激しいバトルだ。

 しかし、フラグブレイカーは、そんなことをものともしなかった!!


「よし、じゃあ、めんどくさいから、藤本、先にポテト食べていいよ! 俺はハンバーガー食べたらもらうからさ」


 ふたり時間差!!

 天才の想定を上回る高等技術!


 これでは、どうやっても手がぶつからない。天才の思考にノイズが混じる。

 あえて、ぶつかりにいく?


 ダメよ、そんなことをすれば先輩のターンなのに、食い意地が張ってるように見えてしまう。恋愛対象じゃなくて、食いしん坊万歳になってしまう。

 うな重何個分で価値を決めるようなキャラに、恋愛のターンは回ってこない……


 ならば次善策。


 フライドポテトののどに詰まりやすさを活かす! センパイはコーラを注文しなかった。しかし、パンとポテトはのどに詰まりやすい。

 絶対に苦しくなるだろう。


 そんな時に、私のシェイクを分けてあげる。間接キスを気にして、恥じらえば、好感度爆上げ間違いなし。


 攻めがだめなら、カウンターだ。私は居飛車党だけど、見せてあげるわ。史上最年少プロの駒さばきを……


「あっ、そうだ。お冷もらってこないと」

「(うひょー)」

 お冷!!!

 それはすべての計画をとん挫させる神の一手。


 まさに、鬼手である。


 先輩は間違いなく、なにもしなければ次の一手で詰みの状態、いわゆる必至だった。

 しかし、将棋界最強の天才の包囲網を、彼はたったの一手で崩壊させた。


 神武以来の怪物は恐怖する。


 結局、彼女の計画は崩壊した。


 ※


「ああ、美味しかったな」

「はい」


 満足気な男と、灰のように真っ白になった女。

 すでに、検討は打ち切られている。

 藤本七段は「もうすぐ終わりですね」と話した。


 そんなわけもわからないローカル将棋ネタが頭をグルグルとしていた。



「じゃあ、俺、ごみ捨ててくるわ」

 そう言って、先輩は私のシェイクの容器も持っていってくれた。そういう、さりげない優しさに少しだけドキリとする。


「あれ、シェイク少し残っているな。飲んじゃお」


「えっ!?」


 女は突然、襲い掛かったチャンスにフリーズする。


「あっ、間接キスしちゃったな。まっ、いいか!」

 

 

 そして、二人は駅まで一緒に帰る。女はぐったりしていた。


「どうして、先輩は、私を特別扱いしないんですか?」

 疲れているか変なことを聞いてしまう女。


「特別扱いしてほしいのか?」


「そうじゃないです。でも、私は一応プロ棋士で、年収だって平均的なサラリーマンの2倍近くは稼いでいますよ。それは知ってますよね」

「ああ、将棋ワールドで読んだからな。そう考えると、お前って本当にすごいよな」


「普通の友達は、私に何か奢ってとか冗談で言ってくるんです。でも、先輩は、絶対にそんなこと言わない。むしろ、ポテト代を払ってくれました」

「さすがに、部活の後輩に、ご飯奢ってもらうとか、恥ずかしすぎるだろう?」

「でも、そういうところ本当にすごいなって思うんですよ、私?」


 そう言って、私たちは笑い出した。


「次の対局頑張れよ。ネット中継で応援している」

「ありがとうございます」


 女は少しだけ不安な顔をしていたのだろう。夕焼けが彼女を悲しく指せたのかもしれない。


「大丈夫だ、お前は俺の自慢の後輩だからな。自信もって楽しんで来い」

「(そういう、ところですよ?)」


 ふたりは笑って別れた。


 ※


「好きな女の子の前くらいかっこつけるに、決まってるだろ、ばーか」


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