文人アフター最終回
この回で文人アフターは、最終回です。
次回は、グランドフィナーレのかな恵アフターになります。
かな恵アフターは1話完結なので、よろしくお願いしますm(__)m
俺はさっそうとカウンターを決める。
だが、これも桂太にとっては想定の範囲内だったようだ。
桂太は俺の攻めを見て、攻めあいを選択した。
つまり、一騎打ちの切り合いだ。ミスをした方の負け。
間合いをミスれば、もう終わりのギリギリの勝負。自分自身しか信じることができない最強の頭脳ゲームだ。
信じろ。
俺は、たしかに凡才だ。でも、自分を信じなければ、勝ちなんて転がってこない。
今まで、自分が積み上げてきたものを信じる。
俺の周囲の人たちを信じる。
将棋はひとりじゃできないから……
すべては因果でつながっている。
この次の一手は、今まで自分がどれだけ将棋に向き合ってきたのか。その鏡になっている。
鋭い一手は、今までの自分の歴史が作り出す。
その歴史は、俺と周囲の人たちの努力によって、作られてきたものだから……
たくさんの顔が浮かび上がる。
桂太、米山先輩、かな恵ちゃん、高柳先生、葵ちゃん……
そして――
相田さん!
俺は、今まで俺を強くしてくれた人たちの顔を次々と思い浮かべた。
弱かった俺を――
腐りかけていた俺を――
ここまで、引き上げてくれたみんなへの感謝をここに置いてくる。
△8六飛車。
飛車のただ捨て。
弱気になった俺なら見逃していただろうその一手は、世界をまるっきり変えてしまう。
桂太が苦しそうな顔になった。
おそらく、桂太は、時速300キロの世界に到達しているんだろうな。俺が、決していけない領域に達している親友を羨ましく見つめる。
だけど……
「女神は勇者に微笑む」
勇気だけは、気持ちだけは……
負けたくない!
金と歩と銀を盤面に叩きこむ。
桂太は二枚の飛車で俺を攻め立てるが、この攻めはギリギリで届かないはず。
心臓の鼓動が激しくなる。読み抜けはない。
94手目……
△6二玉。
バランス感覚で、桂太の猛攻をかわしきった一手だった。
桂太は、横に用意されていたペットボトルのお茶を口に含んで、天井を見つめる。
そして、言ったのだ……
「おめでとう、文人……」
何が起きたかわからない。でも、たしかに桂太は、俺を讃えてくれた。
「負けました」
最強の親友は、潔く俺に投了を宣言した。
※
「おめでとう、丸内君! 最後の将棋は、本当にすごかったよ」
俺と相田さんは、後夜祭のキャンプファイヤーを見ていた。
正直に言えば、いまだに信じられない気分だ。俺は、非公式の大会だけど、ずっと目標にしてきた桂太に勝てた。
最高の結果。
みんながいてくれからこその結果。
あきらめなければ、腐らなければ、奇跡は起きる。
「ありがとうございます。相田さんとたくさん対局したからできた奇跡だと思います」
「奇跡って……それは、丸内君の努力のたまものでしょ? すごかった、とっても感動したよ、わたし?」
「みんなに、ありがとうを伝えるために、負けるわけにはいかなかったんですよ」
「そういうところ、本当にすごいと思うよ? 将棋指しが、他の人の棋譜に見とれるって、最高に屈辱なはずなのに、どうしてだろう? とても気持ちがいいんだ。頑張っている人が、報われるって、やっぱり素晴らしいことだから……」
こういう風に考えられるのは、本当に尊敬できる。
そういうところがどうしようもなく……
「でも、私も頑張らないとね! 豊田君が、プロ入りしたら、私が引っ張らないといけないからね。今度こそ、負けないわよ?」
「俺たちも、負けませんよ。優勝候補筆頭として、波乱は起こさせませんから」
そう言って、俺たちは笑い合う。
キャンプファイヤーの火が心地よい。
大事な言葉は、やっぱり自然に声から漏れてしまうものなのかもしれない。
「好きです」
俺は、ぽつりとそう言った。
「えっ?」
彼女は少しだけ驚いていた。
「今日は、あなたのために勝ちました。相田さん、俺と付き合ってくれませんか?」
言葉に悩みはない。自分の気持ちを正直に伝えるだけだから……
だから、もう一度伝える。
「俺は、あなたが好きです」
彼女は、優しく笑っていた。
「私もよ、文人君?」
彼女はそう言って、俺の肩に頭を預けてきた。
一生、忘れることができない夜が続いていく……




