文人アフター⑭
どうして、羽生流右玉なのか?
俺は、桂太に勝ちたい。そう、ずっと思っていた。
だが、桂太の実力と才能は俺よりもはるかに高いものがある。だから、普通にやったら勝てないんだ。
葵ちゃんは、経験値がまだ足りていない。
かな恵ちゃんは、棋風的な弱点がある。
だからこそ、勝算はあった。ふたりには、桂太ほど絶望的な差を感じていない。
だが、桂太には明確な弱点を見つけることはできない。
こいつは、この半年間ですさまじい成長を見せている。
下手に序盤で有利になっても、すさまじい受け将棋でひっくり返される。
攻めも一級品だ。終盤力だって、葵ちゃんには少し劣るくらい。
俺が、桂太に勝てるところなんてほとんどない。
だけど、ひとつだけ光がある。
桂太は持っていなくて、俺にはある一つだけの才能が……
それは、バランス感覚だ。
常に角交換系の将棋をしている俺だからこそ、桂太よりもバランスをとることがうまくなっている。
これに特化することで、可能性を作り出すことができると思うんだ。
そう、桂太を倒すという、大番狂わせを引き起こすために……
俺は、あえて桂太の攻撃を呼び込んだ。
右玉の陣形は、攻撃を受けまくることで活きてくる。
そう逃げ込みやすいのだ。陣形は駒が密集することもなく、横にも縦にも逃げ込める。
そして、逃げて敵の攻撃をやり過ごすことができれば、敵の陣形は前のめりになっているので、守備で獲得した駒を使ってのカウンターも使いやすい。
俺は、バランス感覚だけで、最強の高校生と互角に戦う。
才能が足りないのなら、得意な分野。
一芸に特化して、集中突破だ。
桂太は飛車先を突破しようと戦力を集中させた。
猛攻に対して、俺はじっくりと対処療法的に傷口をふさいでいく。
そして、桂太は、飛車を前に繰り出す。
チャンスだ……
ここを逃したら、あとはただじり貧しかない。
チャンスは逃さない。
俺は、桂太陣に角を打ち込んだ。




