第五十二話 棒銀研究
「じゃあ、いくつか対策を教えよう」
「よろしくお願いします」
おれたちは、休憩も終わったので、盤を整える。棒銀の局面を作り出した。
「まず、対策その1、強引に突破する」
「かなりストレートですね」
「そう。ただ、定跡にもなっている戦い方だよ。特に、角同士を交換した後の棒銀で効果的なんだ」
そういって、おれは局面を進めた。
端の歩をぶつけ合い、残った敵の歩を銀でとる。
「えっ、それじゃあ、銀が香車にやられちゃうじゃないですか」
「そう、それでいいんだ。そうすれば香車と歩のコンビネーションで敵の陣形を突破できるでしょ?」
「本当だっ!」
「ただ、これは強引すぎて、カウンターがかなり厳しいんだ。だから、この方針はかなり上級者向けだね」
「対策その2、角と協力させる」
「この前の嬉野流みたいですね」
「そうだね、あの戦法をイメージしてもらえばわかりやすい。角の場所をすこしずらして、銀と協力できる範囲を増やすイメージだね」
「最終的に、歩・銀・角の交換会となって、あいての陣地の防御を薄くできるんですね」
「正解!」
「対策その3、棒銀を放棄する」
「えっ!」
「そもそも、棒銀ができないときは、相手が棒銀対策をがっちり組んでいることが多いでしょ」
「はい」
「ということは、他の戦法を使えば、相手の棒銀用陣地の弱点をつけるんだ」
「なるほど」
「こういう時は、銀をUFOのように動かして。腰掛銀のような形にするのがおすすめだね」
「対策その4、違う戦法をつかってみる」
「ええー」
そりゃあないよという反応だ。まあ、実際にそうなんだけど。
「実は、棒銀ってねらいは単純で攻撃力が高いんだけど、成立する条件が厳しいんだ。棒銀って一口で言っても、「相がかり棒銀」「角換わり棒銀」「矢倉棒銀」「原始棒銀」「対振り飛車棒銀」ってたくさん種類があってね。どれも基本は教えたことなんだけど、その中で違いは結構大きいんだ。今回の対策も、結構強引にまとめてるしね」
かなりぶっちゃけてしまった。
「だから、基本的な攻撃方法をおぼえて、いくつかのやり方を学んだら、違う戦法をおぼえるのもひとつの考え方だよ。別の戦法をメインに学んで、棒銀をオプションにしていくというのは賢いやりかただとおれは思うね」
「そういうものなんですか……」
「うん。実際、完璧な棒銀戦法をマスターできたら、それはほとんどプロ級の実力だからね」
「そんなに奥が深い戦法なんですね。棒銀って」
「だから、棒銀は自分の実力をはかるいい指標でもあるんだよ。実力があがれば、あがるほど、棒銀の破壊力は上がっていく。だから、棒銀は、サブ戦法としてもいいんじゃないかな?」
「わかりました。ちなみに、わたしのメイン戦法ってなにがいいですかね?」
そうだよな~。そう来るよな~とても難しい質問だ。彼女の将棋人生に関わってくる大問題だ。
「話は聞かせてもらったわ。なら、四間飛車はどう?」
突然、部長が現れた。
「えっ、部長。どこから聞いていたんですか?」
「細かいことはいいのよ。いいわよ~四間飛車は。攻守のバランスがいいし、駒組はおぼえやすいし。いいことづくめ」
たしかに部長の考え方にも一理ある。四間飛車は初心者にも教えやすい戦法だ。ただ、カウンターのやり方が難しい気もする。
「甘いですね。部長。四間飛車だと、難しい相振り飛車までおぼえなくちゃいけないじゃないですか。女は黙って、「嬉野流」よ」
かな恵まで参戦してきた。
「嬉野流はいいわよ。どんな戦法でも、これ一本で戦えるし、攻撃力は高いし」
そうだよな。全部これ一本はすごく魅力的だよな。
「でも、嬉野流は防御力が段違いで低いでしょう?」
あっ、察し。
「そんな、相手に主導権を渡すヘタレな四間飛車にいわれたくないです」
なんども言うけど、これって将棋の話だよね?
「言いましたね」
「そっちこそー」
なんか戦いがはじまった。
「じゃあ、桂太先輩に決めてもらいましょう」
仲裁に出た葵ちゃんがとんでもない発言をした。
なんで、おれが。
「いいわよ。嬉野流ですよね? 兄さん?」
「四間飛車のほうがいいわよね、桂太くん?」
おれの選択肢は……
「中飛車がいいんじゃない」
中飛車だった。
「このヘタレ主人公おおおおおおお」
「兄さんのばかあああああああ」
絶叫がこだまする。




