文人アフター➇
俺は、次の対局まで10分なので、盤の前でかな恵ちゃんを待つ。
かな恵ちゃんとの対局は、極限早繰り銀で一方的に虐殺されたトラウマがある。今回は、あんな無様な負け方はしない。
かな恵ちゃんは、結果至上主義なところがあるから、もしかしたら角交換を封じてくるかもしれない。
その時の対策もある。いや、今回は、俺から角換わりを封印してやる!
「やられたらやり返す、3ヴぁい返しだ」
俺は人気ドラマのセリフを吐き出した。ちなみに、まだ放送が続いていたので、ばっちり放送されてしまったらしい。
※
「「よろしくお願いします」」
俺たちは、頭を下げる。奇襲戦法のほとんどは、先手が角道を開けることから始まる。
ならば……
俺は飛車先の歩を突く。
これで、かな恵ちゃん得意の嬉野流くらいしか使えなくなる。
だが、かな恵ちゃんも俺に続いて飛車先の歩を突く。
俺は、さらに飛車先の歩を突いた。かな恵ちゃんも頷いて、もう一度飛車の前の歩を突いた。
「珍しいな、かな恵ちゃんが、メジャー戦法か」
「でも、相掛りなら、メジャー戦法でも、力勝負になりますよ!」
そう、これは相掛り。
プロが400年間かけても、精密な定跡化ができていない力勝負の戦法。
俺は、かな恵ちゃん得意の力勝負で、勝利を狙う。
―――
用語解説
相掛かり……
お互いに飛車の前の歩を突き出すシンプルな戦法。
しかし、手が自由になりやすく定跡化が困難で、主流になってから数百年以上経過しているが、いまだに進化し続けて、定跡化が困難な戦型。




