文人アフター⑥
丸山ワクチン。
それは、急増するゴキゲン中飛車対策に考えられた持久戦法。
ゴキゲン中飛車は、振り飛車にもかかわらず、自分から動くことができる革命的な戦法だった。今までの振り飛車は、米山先輩の四間飛車のようにカウンター狙いの将棋しかできなかった。
でも、この戦法は自分から攻めることができる。
そして、この振り飛車は、数多くの居飛車党を沈めてきた。
数年間にわたって、この中飛車対策が見つからなかったんだ。
唯一、対抗していた"超急戦"は、ノーガードの殴り合いだし……
安定感がある対抗策を求めていた棋界に、元・名人である丸山九段が完成させたものがこの"丸山ワクチン"
序盤から角交換が発生するのに、ゆっくりと駒組が進み持久戦となる。
中盤寸前で俺たちは定跡を外れて、お互いに美濃囲いから銀冠に発展する将棋となる。
銀冠。王の上に銀が冠のように動くことからそう呼ばれる囲いだ。この囲いは、美濃囲いの発展形なのにも関わらず、横からの守備力は低下している。
だが、この囲いはそれ自体に攻撃力を持っている。つまり、守備力を持ちながら、攻撃力ももつ異質の囲いなのだ。
そして、お互いがこの囲いにしたことで、俺たちは王様の眼前で戦いを起こす玉頭戦へと移行する。
すでに小競り合いで、お互いに歩を獲得していたから、激しい将棋となる。
葵ちゃんに勝つためには、ある意味では泥臭い玉頭戦が、一番最適だ。
県大会でも示された通り、葵ちゃんの弱点は曲線的な読みだ。
直線的な読みならば圧倒的な速さと正確さをもつ。
だからこそ、俺が戦える分野で彼女と戦うしかない。
これが凡人の生きる道。
「(来いよ……天才!!)」
俺は、本格的な開戦のための一手を仕掛ける。
葵ちゃんは、それに頷いて、次の一手を返した。




