葵IF⑰
早朝だから、やっぱり遊戯室は誰もいなかった。
ふたりの雌雄を決する場所としては、誰もいないのは最高かな。
私の目の前にいるは、今年の高校生全国将棋大会のファイナリスト・佐藤かな恵。
米山部長を筆頭に、全国の強豪たちを奇襲戦法でなで斬りにして、準優勝。
その超攻め将棋は、"妖刀"という異名がインターネット上ではつけられていた。
(どうして、こんな怪物が今まで無名だったんだ?)
(佐藤兄妹やばすぎだろう。棋風はまるで違うけど、強すぎる)
(さすがは、プロハンター・高柳の弟子たちだ)
(次の時代は、あのふたりのどっちかだろうな)
ネットの評判を思いだすだけで、私に勝てる相手ではないと思いこんでしまう。気持ちで負けてしまう。それほど、かな恵ちゃんの実績は、周囲を威圧する。
実際、地区大会でも負けてしまったのだから……
でも、ここで負けるわけにはいかない。
だって、私は、桂太さんの、彼女、なんだから……
もう彼を誰にも渡さない。渡すつもりはない。かな恵ちゃんの実績は確かに、すごい。
でも、私はそれを超えていく。
先輩が教えてくれた「中飛車」とともに、私は最強のライバルにぶつかる。
※
先手は、かな恵ちゃん。
後手は、私になった。
かな恵ちゃんの将棋だから、嬉野流やパックマンのような奇想天外な序盤戦術ではなく、普通の居飛車を選択した。だけど、彼女のことだ。
ここから絶対に変化してくる。
だけど、私は変わらない。飛車を真ん中に振り、かな恵ちゃんの変化球を待つ。
私はずっと正面突破だ。この基本は将棋でも恋愛でも変わらない。
変化なくストレートに攻めて、終盤の切り合いで勝ち抜いてやる。
私が桂太さんに教えてもらったのは、そういう将棋だから。
「やっぱり、中飛車だよね。そのために、私はこれを用意してきたんだ」
葵ちゃんの王は、本来とは反対の場所に移動する。
「これは糸谷流右玉?」
「正解! 葵ちゃんの中飛車退治のための、私の切り札、だよ」
次回は明日の23時ごろです。




