葵IF⑥
「ねぇ桂太先輩、夏休みって予定ありますか?」
「はぁ」
いつものようにわたしは彼を誘う。これはもはや鉄板の誘い文句だ。この前の夏祭りで手を握った後、何もなく1週間が過ぎた。
もうすぐお盆。ここを逃したら、桂太先輩としばらく会うことができない。
私は限界だった。ならばこちらからアプローチするほかに手段はない。
大会も終わったので将棋部の活動は基本的にゆるい。だから、夏休みに活動は週に3回あるかないかだ。このままでは、あのお祭りのことも流されてしまう。
遊び続けて、既成事実を作るしかもうない。
「どこか遊びに行きましょうよ、海とか」
「暑いからな~」
「ならプールは?」
「今年は暑いから、すごい混んでるってニュースでやってたよ」
「うー」
「クラスの友達と遊べばいいんじゃない。かな恵とか」
またこのパターンだ。
「みんな部活とか夏期講習とかで忙しいんですよ」
「ふーん」
「わかりました。なら、帰りに甘いもの食べに行きましょう。そこならクーラーもきいてますよ」
これに食いついてこないわけがない。先輩は甘いもの好きだ。
くっ遠出はできなかったか。まあ、次のチャンスを待てばいい。気持ちを切り替える。
「甘いものなら食べたいかも」
計画通り。
「それなら、わたし、駅前でかき氷が食べたいです」
「わかった、じゃあ、そうしよう」
帰り道、わたしは先輩とふたりで歩く。直射日光がきつい。汗臭くならないかが心配だ。
「先輩は夏休みにどこかいかないんですか?」
「親の実家にいくくらいだな。葵ちゃんは?」
「わたしはクラスの子たちと、遊園地に行く予定があります」
「暑いのにご苦労なこった」
「楽しんできますよー」
夏祭りの時は、いつの間にか握れていた先輩の手が遠く感じる。あの時が夢だったのじゃないかな。そんなふうに感じてしまう。近くて、遠いそんな距離感。
「先輩は彼女とか作らないんですか?」
「あー」
「……」
聞いて後悔するとはこういうことだ。なんで、雰囲気を変えるための話題がこんなデッドボールギリギリの剛速球なんだ。私のバカ。
「簡単にできたら、苦労しないかな」
模範解答で流されてしまった。すこし気まずい。
「葵ちゃんは?」
「えっ」
意表をつかれてしまった。
「中学の時とか、彼氏いなかったの?」
「(この朴念仁め)」
私は先輩をにらみつけた。
「どうした?」
「軽そうに見えて、結構、一途なんですよ、わたし」
ムカムカしながら答える。
「葵ちゃん、かわいいから、モテるだろうな~って」
「(グハッ)」
声にならない悲鳴をあげてしまう。これは雑誌で見たことある。異性に向かって「モテる」という発言はまちがいなく気がある証拠。
この最低鈍感男は、どうしてこうナチュラルにこんなセリフを吐けるのよ。
「あなたにしか、モテたくないのに」
ボソッとわたしはつぶやく。
「えっ何?」
難聴の属性もあるらしい。
「なんでもないですよーだ。もうかき氷おごってくださいね」
わたしはヤケになって先輩に切れた。
かんぜんな八つ当たりだった。でも、幸せな八つ当たりでもあった。
こうしてふたりの時間が流れていく
次回は日曜日の23時ごろを予定しております。




