葵IF①
こちらは桂太とかな恵が結ばれなかったパラレルワールドになります。部長の告白が、葵よりも遅くなったことで、世界線が分岐しています。
葵の告白が保留のまま全国大会が終わっています。
少し前のことを思い出す。
「私が先輩を好きだと言ったらどうしますか?」
勇気を出した初めての告白。
部長もかな恵ちゃんも"まだ"答えを出せていなかったときに、私は勝負をかけた。
それは合宿最後の夜のことだ。
「来てくれたんですね、桂太先輩?」
私は先輩を呼び出した。
「ごめんなさい。桂太先輩。本当は大会の後まで、我慢するつもりでした。でも、無理でした。我慢できなくなっちゃいました。だって、普通ですよね。好きなひとが、自分のことをどう思っているのか知りたい。この気持ちに嘘をつきたくない。だから、教えてください。あの時の告白の答えを……」
「葵ちゃん」
「私は先輩が好きです。将棋で、見たこともない世界に連れていってくれる先輩も好きです。でも、一緒に普通のことをして、普通に楽しめるところが一番好きなんです。だから、ずっと先輩といっしょにいたいんです。私と、付き合ってください」
桂太先輩は人生初めての告白に混乱していた。
「ごめん、葵ちゃん。もう少しだけ考えさせてください。全国大会が終わるまで対局に集中したいから」
「――わかりました」
あの時から、まだ答えは聞けていない。
だから、私は攻める。恥ずかしいとかは言ってられない。
もう誰にも彼を渡すつもりはない。
私は部室の部屋の扉を開いた。
※
全国大会が終わり、将棋部は新しい体制が発足した。
「お疲れ様です。桂太先輩、いや新部長って言った方がいいですか~?」
「あんまり茶化さないでよ、葵ちゃん」
「ごめんなさい。でも、からかいたくて」
「最近、小悪魔化してませんか、葵ちゃん……」
「それは先輩の前だけですよ」
「おいっ」
「大会も終わっちゃいましたね」
「うん」
「米山先輩も受験勉強に忙しいみたいですし」
「そうだね」
「かな恵ちゃんも本当の意味で、『家族になれた』って喜んでいましたよ」
「そっか」
先輩とかな恵ちゃんは本当の意味で家族になることを選択した。それがふたりにとって本当に正解なのかは誰にもわからない。でも、尊重されなければいけない選択だ。
我慢できなくなって、私は、部長の席に座る先輩の背中に体を押し付けた。
「えっ、あ、葵ちゃん? ちょっと、いきなりどうしたの。当たってる、当たってるから」
桂太先輩は、あわてている。まるで、混乱魔法にかかったみたいに。ちょっとかわいかった。
「えー、なにがですかー?」
今日は攻めると私は決めていた。だから、恥ずかしいけど逃げない。
「だから、やわらかいものがああ。それにいい匂いもするし……」
「えー部長、にぶいな~ ラブコメでよくあるでしょ~ 『あ・て・て・ん・の・よ』ですよ~」
「葵ちゃんが痴女に!?」
「ひどいな~。私だってがんばってアプローチしてるんですよ~」
「葵ちゃん?」
「それとも、まだ気にしているんですか? 私を振っちゃったこと?」
「っ……」
「ビンゴ。あんな酷い振られ方ないですよ。『全国大会が終わるまでは、将棋に集中したいから』なんて。付き合えないなら付き合えないでしっかり振って欲しかったです。人生はじめての告白なのに、トラウマになっちゃいます」
「それは、何度も謝ったでしょ。それに振ってないし」
「じゃあ――"もう大会終わったから、私に集中してもいいんですよ"」
桂太先輩は黙ってしまった。
「私はひどく傷ついたので、センパイに埋め合わせをお願いします」
「わかった、わかったから。できるだけ早く離れて。いろんな校則にひっかかる。文人やかな恵に見られたら〇される」
「いま、なんでもって」
「言ってない」
「も~、そこはしっかりしてる~」
そう言って、私は桂太先輩から手を離した。
「今週の土曜日、私と花火大会に行ってください」
夕日を背にセンパイを誘う。こうすれば、顔が真っ赤なことはばれないと思ったから。
次回は明日の21時に更新予定です。
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