最終回 始まる青春とエピローグ
会場に入る。そこには、ひとりの女の子が待っていた。見慣れた高校の制服に身を包み、ロングヘアを後ろでしばったその子は、顔を真っ赤にしながら、座っている。その様子はまぎれもない美少女だった。
かな恵と最初に出会った時のことを思いだす。あの時は、中華屋さんの前で、ピンクのワンピースを着ていた彼女よりも、美しくなった女の子は笑っていた。
「帰ってくるのが遅いですよ、桂太さん」
「かな恵のおかげで帰って来れたよ」
「そう言って、ポイントを稼いでも、優勝は譲ってあげませんよ?」
「なら、奪い取るだけだな」
あの時の初々しさは、どこかに行き、数カ月間で築き上げた信頼感に包まれた会話。
決勝は、三番勝負だ。
振り駒の結果、かな恵が後手となった。
「「よろしくお願いします」」
先手は、いつものように角道を開く。
「兄さんって、本当に鈍感ですよね」
「気にしてるんだから、あんまりからかわないでくれ」
「私たちが、最初に将棋をした時のことって覚えてますか?」
「えっと、どっちの話?」
「本当に女心がわかっていないひとですよね。こっちですよ」
「後手4四歩か」
パックマン戦法。かな恵と偶然、ネット将棋で出会った時に指した対局の方だったか。
「ここから、また、はじめましょう?」
かな恵はそう言って笑った。
※
「それじゃあ、ふたりとも気をつけてね。明日の夜、焼肉で、打ち上げパーティーだからね」
そう言って、部長たちと別れた。
かな恵とふたりで歩く。
思い出のスーパーを超えても、俺たちは無言だった。
「ジュースでも飲みませんか?」
かな恵はしびれを切らして、公園に寄り道することを提案した。
「うん」
俺もうなづく。
かな恵は紅茶。俺は、サイダーを飲みながら、日が暮れる寸前の空を見つめた。
「綺麗ですね」
「うん」
「ここは、よく遊んでいた公園なんですか?」
「そうだね。小さいころ、母さんや父さんとよくブランコに乗ったりしたな」
「素敵ですね」
「うん、大事な思い出」
俺たちの手はいつの間にか繋がれていた。
もう、それが当たり前のように、優しく彼女の手を包みこむ。
「優勝おめでとうございます、桂太さん」
「ありがとう。本当にかな恵のおかげだよ」
「わかればよろしい」
かな恵は恥ずかしそうに、手に力を込めた。俺の指の間に、かな恵の指が入ってくる。
とても幸せな気持ちに包まれる。
1局目は、かな恵のパックマンを1手差で討ち取った。
2局目は、筋違い角の対応を誤って逆転負け。
運命の3局目は、もちろん嬉野流対矢倉だった。
「悔しいけど、来年、リベンジします」
「おう、でも、文人に先に予約されちゃっているんだよな」
「じゃあ、文人先輩を倒して、行きますよ」
「すごいやる気になったな、かな恵」
「当たり前ですよ。なんてたって、全国大会準優勝者ですから」
「1年生でそこまで、行くのは、本当に凄いよな」
「優勝者に言われても、嫌味に聞こえますけどね」
かな恵は悪戯で、俺の指をつねる。
「ねえ、桂太さん?」
「ああ、わかってる」
ここでかな恵に本当の気持ちを言わなくてはいけない。だって、俺はまだかな恵に、それを伝えていないから。
「かな恵、俺さ、はじめてかな恵を見た時から、ずっと気になっていた」
「あの時からですか」
「かな恵はいつから?」
「女心は複雑なんです」
「教えてくれないの?」
「恥ずかしいからですよ。どうして、恥ずかしいからは、言わなくてもわかるでしょ?」
「かな恵もか」
「……」
少しだけ、頭が上下に動いた。
「俺は、かな恵のことが好きだ。だから、ずっとずっと一緒にいて欲しい」
「当たり前ですよ、ずっとずっと一緒です」
かな恵の肩を抱く。かな恵はうなづいて、目を閉じた。
勇気を出して、俺は彼女の唇を奪う。
ほんの少しの間なのに、それは永遠のように感じられて、心臓の鼓動と体温をふたりは共有していく。ずっと、同じ時間を作り出していくために。
遠くで、花火の音が聞こえた。夏祭りの花火の音が……
「桂太さん?」
「うん?」
「私は、お父さんが死んじゃった後、色がない世界で生きてきたんです。だから、これからは……」
「一緒に、たくさんの色を、私に見せてくださいね。約束、ですよ」
「ああ、約束する。ずっとずっと綺麗な世界を一緒に見ていこう」
「「一緒に将棋をしながら」」
俺たちは、笑いながら唇を重ねる。
世界は、少しずつ色づきはじめていく(完)
(後書き)
1年半、約50万字を超える連載を読んでいただきありがとうございます。小説と将棋。ふたつの趣味を組み合わせてここまで来ることができました。これを書いたことで、素敵な出会いにたくさん恵まれることができました。活動記録・SNSでも、いろんな方々に応援していただいたからこそ、この長編を完結できたのだと思います。
本当にありがとうございました。
少し充電期間をおいて、用意している番外編を追記していく予定です。
予定リスト
・後輩ヒロインのグイグイからかいイベント
・文人の恋の行方
・ドキドキ体育倉庫イベント
・選ばれなかったヒロインのIFエンド×2
・参考文献リストの列挙
・ヒロインの季節イベントシナリオ
・高柳先生の過去編
などなど
そちらのほうもお楽しみいただければ幸いです。
本当にいつもありがとうございますm(__)m




