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第四百六十一話 私の青春

「かな恵ちゃんが、部長に勝った」

 文人と葵ちゃんは、驚愕の声をあげる。会場も、ひたすら受けまくっていたかな恵が最後の1手差勝負のところで、王の早逃げをして、安全を確保した後に、鮮やかに逆転手を繰り出して、流れるように勝負を決めた。


 強い。

 迷いまくっていたかな恵は、いつの間にか、覚醒し、俺との約束を叶えるために、ついに頂上まで登りつめてしまった。最強クラスの部長すらも退けて……


 誰も文句を言えない完勝劇。

 将棋に勝つためには、たくさんの苦労がある。


 事前の勉強時間。対局中の悩み。読み切れない筋をどうするか。

 たくさんの苦悩が、勝つまでにはあり、それを超えても栄光を手にいれることができるかは、わからない。

 だけど


 こういう勝ち方は


 いままでのすべてが報われる、勝ち方だ。かな恵は、いつになく満足した顔になっていた。

 その顔は、とてもとても将棋が好きなことに気がついた悪戯な子供みたいに、晴れやかだった。


 そして、俺の方を向くと、彼女は柔らかな笑顔になってうなづく。

「次は兄さんの番ですよ?」

 彼女は笑顔でそう言っていた。


 次の対局まであと10分。俺は、盤の前に移動する。


 ※


「負けました」

 私は、後輩に投了を宣言した。

 こうして、私の高校生活、最後の公式戦は終わりを告げた。


 泣いちゃだめだ。まだ、部長としての責務が残っている。後輩の背中を押して、決勝戦に送り届ける大事な責任が……


 強がれ。

 ここで泣いたら、私の今までの努力は無駄になる。


「かな恵ちゃん、決勝進出おめでとう」

 私は精一杯の見栄で、ライバルにそう伝えた。

「ありがとうございます、部長。私は、部長と出会えて本当に嬉しかったですよ」

 かな恵ちゃんは、寂しそうにそう言った。


 思わず、目から透明な液体がこぼれそうになる。

 ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。


 必死に、感情を押し殺す。椅子から立ち上がり、かな恵ちゃんから背を向ける。

「応援してるからね、決勝。桂太くんと、会えるといいね」

「はい」


 そして、ひとりで会場の外へ走る。これなら桂太くんとも遭遇しない。

 ベンチに座って、青く澄んだ空を見あげる。今日の天気予報は、曇りだったのにな。


「結局、届かなかったんだね、私」

 雨が降っているわけでもないのに、視界は(にじ)んだ。


 私の青春はこうして、幕を閉じた。

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