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第四百六十話 焦りと紡ぐ言葉

もしかすると土日で完結させるかもしれません。

完結後に、少し時間を置いて、個々のヒロインのIFシナリオや文人エンド、メインヒロインアフター(ラブラブ系)を追記していくつもりです。

かな恵side


 私の狙いはわかりやすい。

 まず、部長に攻めを強要するのだ。


 本来は攻めていた方が有利。それが将棋の常識だが、ここでは違う。なぜなら、部長が持つ最大の脅威"泥沼"は、自分が不利な時にしか発動できない。


 自分が有利な時に泥沼を発動させても、意味が無いからだ。だって、それは有利な自分が間違えて逆転される可能性を高めてしまうのだから。


 つまり、部長に攻めさせることは、彼女の伝家の宝刀を封印させることに等しい。


 私は、あえて攻めを呼び寄せた。

 ハイリスクハイリターン戦法。


 このくらいのリスクを取らなければ、部長には勝てない。


 大丈夫。桂太さんを信じる。


「矢倉は、将棋の囲いの中で最もバランスが良い」

 彼はいつもそう言っていた。


 穴熊囲いは、矢倉よりも堅いけど、王の逃げ場がない。

 船囲いは、逃げ場は多いけど、すぐに崩壊する。

 美濃囲いは、強度と広さは十分だけど王様を直接護衛する駒が矢倉と比べて少ない。

 雁木は広さと固さはいいのだけど、横の空間が気になる。


 そうすると、矢倉は最もバランスが取れた囲い。

 だからこそ、粘りやすい。


 私は桂太さんの将棋をずっと見てきた。

 そして、お父さんから矢倉の基礎知識は叩きこまれた。その土台に私自身が培った自由な将棋がある。力勝負と絆。


 やっと進み始めた時計の針。

 ここでそれを止めるわけにはいかない。


 だからこそ、勝負する。ここで形勢をひっくり返す。大事な人たちが私に教えてくれた将棋の可能性。


 その象徴が、矢倉なんだ。私は受けに回る。

 部長の四間飛車の猛攻が、矢倉に降り注いだ。


 ここで崩れるわけにはいかない。

 だって、ここで彼に将棋の可能性を見せないといけないから。

 そのための、矢倉だから。


 粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。粘る。


 この対局の果てに、大好きな人が待っていることを信じて。


 ※


「すげえ、粘り」

 文人たちは、驚きの表情を浮かべている。

 右矢倉を採用したかな恵は、部長の猛攻を凌ぎきるように受けまくっている。


 一瞬攻撃がやんだ時を見計らって、攻めの準備をして、また守る。


 まるでいつもの部長のような将棋だった。

 泥沼流。安易に言ってしまえば、そうなんだけど……

 いや、でもこれは泥沼じゃない。  


 粘りの中で、彼女の将棋は自由奔放さがにじみ出ていた。


 そして、彼女たちは笑っている。死闘のなかで、本来笑う余裕なんてないはずなのに、彼女たちは楽しそうに修羅場の中で戦っていた。


「まるで、桂太先輩の将棋みたいですね」

 葵ちゃんはそう言った。

「えっ」

「だって、受けに受けまくって苦しいはずなのに、笑っているじゃないですか。それに囲いも矢倉だし」

「そうかもね」

「これってきっと、かな恵ちゃんからのラブレターですよ。大好きっていう」

「こんな大事な対局の時に?」

「なに言ってるんですか。だいじだからこそ、でしょ?」

「……」

「それに、こうでもしないと、部長には勝てないって本気で思っていますよ、かな恵ちゃんは……」

 葵ちゃんはそう言うと少しだけ悲しそうに笑った。


 ※

米山side


 かな恵ちゃんとの将棋は、中盤の山場を迎えていた。

 私は、攻めさせられた。かな恵ちゃんは、私のお株を奪うように、受け続けている。


 それは、まるで、どっかの誰かさんのように

 私が高校生活で一番多く指している人のように


 矢倉の特徴を生かしたすさまじい粘りだった。


 攻めることを強いられている。本来なら立場が逆のはずなのに……

 それは、私が焦って桂太くんに告白したことのように

 

 このままでは、かな恵ちゃんに桂太くんを取られてしまう。

 認めよう、あの告白には、そんな焦りがあった。


 こんなことになるなら、私はもっと早く彼に思いを伝えればよかった。私には、そうする機会がたくさんあったのに…… 失ってしまうという焦りがなければ、行動に移せない。ヘタレ。


 チャンスの女神には前髪しかない。将棋なら、簡単にわかることなのに……

 私はそのチャンスを棒に振った。


 かな恵ちゃんと桂太くんの仲が深まれば深まるほど、その後悔に苦しんだ。私は大馬鹿だ。

 だからこそ、これが最後のチャンス。私は、よりお互いを深く理解できる場で、自分をさらけ出すために、桂太くんを頂上で待つ。


 逆転は、そうしなければ生まれない。

 私は、全力でかな恵ちゃんに詰めろをかけた。


 彼女の将棋は、安定感を手にいれて、より深淵に近づいている。深淵が完成する前に、私はその手を指す。少しずつスピードが上がっていく彼女には、ここでとどめを刺すしか、ない。



 ※


 私たちの運命は、わずか81マスと双方に配置される20ずつの駒で決定される。

 無数に枝分かれした世界の中で、ただひとつの正解を見つけていくゲーム。


 駒の条件は1手ごとに変化し、持ち駒の増減は、無限に近い可能性をもつ二人零和有限確定完全情報ゲーム。チェスのコンピュータが、世界チャンピオンに勝利しても、それから約20年ほどは、人間はコンピュータと戦えていた。


 その81マスに配置される情報は、未だに完全に解析されずに、ブラックボックスとして存在している。平安時代には存在していたと考えられるボードゲームが、未だに寿命が尽きずに、ここまで伝わってきている。


 そして、プロが対局すればするほど、新手というものは生まれて、世界は分岐していく。

 そこには、すべてがロジックで構築された必然に支配される。


 その必然は、ある意味では、"運命"と言ってもいいのかもしれない。

 すべては、神さまのような存在が作るロジックで、私たちはそれを知らないから、偶然なんて言葉を作ってしまったのかもしれない。


 私がここに居るのも、目の前で部長と将棋を指しているのも……

 そして、私が桂太さんやみんなと出会ったのも……


 恋に落ちたのも……


 必然だったのかな。


 それなら、私は神さまに感謝する。

 いままで、意地悪だと思っていた神さまに……


 ここに、連れてきてくれて、ありがとうって。

 将棋を諦めさせないでくれて、ありがとうって。


 そう伝えたい。


 そして……


 もうひとつだけ、ワガママを言うなら、こう願うんだ。

 私の元へと、大好きな人を連れてきてくださいって。


 思考の速度は、どんどん加速していく。また、あの場所まで、私の思考は跳躍する。


 地区大会の光景がフラッシュバックした。

「見ていて欲しいんだ、俺の将棋を…… 今日は、お前のために、かな恵のために勝つって決めているんだ」

 地区大会の昼休みの桂太さん、かっこよかったな。

「気持ちわるいこと言っているのは、自覚ある。でも、見ていて欲しいんだ。うまく言葉にできないことも、盤上なら言うことができる。だから、俺の将棋を見ていて欲しいんだ。あと、俺は誰よりも決勝でかな恵と戦いたい。プレッシャーになってしまうかもしれないけど、俺はかな恵に葵ちゃんも部長も倒してほしいって、思ってるからな」

 今度こそ勝ちますよ、桂太さん。

「決勝で会おうぜ」

 絶対に行きますよ、今回こそは。

「気持ち悪いわけないじゃないですか。私も、大好き、です」

 この前、言えなかったこの言葉を(つむ)ぐために。


「▲1八玉」

 部長が得意としている王の早逃げ。


 これで、私の王様は捕まらない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『私はそのチャンスを棒に振った。』 そもそも自分から告白しておいて返事を保留させるようじゃだめですよね。 勝てる時に勝つのが勝負の鉄則でしょうに。 自分で分かってるなら仕方ないですね!
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