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第四百五十三話 完全

 俺はかな恵の将棋を見ていた。

 あの奏多さんに一歩も引かなり強い信念を持った将棋。


 どこかにあった彼女は迷いは、いつのまにか晴れていた。そして、一手一手の持つ意味は重くなり、かな恵の将棋に深みを与えていく。


 深みを持った自由な将棋は、盤上において、思考の空間をも支配し、無数の思考の中から正解を導き出していく。


「強い」

 悩みながら、かな恵は自分の将棋を完全につかんだようだ。自由な発想と、それを成立させてしまう深く正確な読み。いままで、わずかに存在していた彼女の将棋が持っていた甘さは完全に消え去り、本物が誕生していた。


 縫い目すら存在しない美しく流れるような天女の衣。

 その完全版が、ここに誕生していた。


 この場にいる高校生は、その美しさに目を奪われているはずだ。

 それを通り過ぎると、恐ろしさが残る。


 本来なら人間がまとめきれないであろう難しい将棋を、彼女はついに掌握したのだから。

 その証拠に、わずかな流れ弾でもかすれば即死の局面で、彼女はその弾道軌道すら完全に読み切っているように見える。


 奏多さんは、なんとか(まぎ)れを作るために、罠を張り巡らせるのだけど、かな恵はその上を行っていた。まるで地上を上から見つめる天使のように、その罠を(ほふ)っていく。


 信念。

 その一本の槍が、ついに右玉の女王に突き刺さった。


「負けました」

 奏多さんは震えながら、この将棋を高校生活最後の将棋にした。


 これでかな恵は、団体戦で、教育大付属のルーキー、そして、個人戦でクイーンを打倒した。

 次が高校生最強の女性を決める勝負となる。


 かな恵対部長。最高の舞台で、ふたりのライバルは雌雄を決する。

 準決勝まで、あと2時間。


 ※


「お疲れ様、かな恵……」

「お母さん、来てくれたの?」

「ええ、だって、今日は大事な一人娘の晴れ舞台じゃない?」

「そんなこと言って……実は、兄さんの応援もしていた癖に」

「否定はしないわ。お昼ご飯、作ってきたの。みんなで食べましょう?」

「うん、ありがとう」

 私のことを心配してくれたのはよくわかっている。でも、お互いに恥ずかしいんだ。

 だから、一生懸命にごまかしてしまう。


 きっと、今日のお弁当には、私の大好きな鮭のおにぎりや唐揚げがたくさん入っているはずだ。

 それがたまらなく嬉しかった。


「でも、お弁当なら観客席で待ってくれていればよかったのに」

「実はね、かな恵に見せたいものがあったんだ」

「えっ?」

「お父さんからの手紙」

「……」

 それは、私とお母さんの二人しかいないところでしか、読むことができないものを意味していた。

 時の年月の中で、私たち二人と一緒に過ごしてきた古びた手紙。

 それは、さっきの対局で、私に声をかけてくれた大好きだった、大切だったあの人からの手紙。


 私は無言でそれを受け取った。

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