第四百五十一話 未知との遭遇
遅くともあと1か月以内には完結できると思います。
もう少しだけ、お付き合いくださいm(__)m
私は銀を動かす。
▲3五銀。
これで、角をいじめる作戦だ。
さすがに、角は温存するだろう。私はそう思っていた。
しかし、右玉の女王は、私の構想を簡単に超えていく。
「なっ」
思わず声が出てしまった。
△同角。
価値の高い角を捨てて、私の銀と交換する強手。
この先にある乱戦に彼女は、一体何を見ているのだろうか。私は、▲同角として、強力な駒を獲得した。
でも、奏多さんは涼しい顔をして、ノータイムで私の陣形に歩を打ちこんだ。
(これが狙いか)
ただ捨てに見える歩は、飛車でも角でも取れるが取ってしまうと、私の攻撃が緩和されてしまう。
そして、私が獲得した角は、右玉のバランスの良さで打ちこむスペースが存在しない。つまり、表面上では強い駒なのに、生かすことができない微妙な駒になってしまっている。
逆に、奏多さんが獲得した銀は、攻守の両面に使いやすい駒。
角のように、強力な射程は持たないが、小回りが利いて腐りにくい便利な駒。
右玉の独特な陣形が、銀と角の価値を逆転させている。
専門家だけがもつことができる独特の大局観に支えられた指しまわし。彼女の今までの3年間が凝縮された動きに、私は感動すら覚えた。
そして、私は笑った。
将棋の奥深くの楽しさに気がついた瞬間だった。
深い読みに支えられた素晴らしい切り返し。人間の持つ能力への称賛、驚き、そして、悔しさなどが同居した不思議な気持ち。相手のことが会話もしていないのに、よくわかる不思議なコミュニケーション。それがなぜだか心地よい。
地区大会の個人戦の時、私はすごい舞台で兄さんと戦いたいと思った。
それが近づいてきている。
どうして、恐れる必要があるんだろう。
恐れることなく、踏み抜く。
思考のブレーキが壊れる音がする。アクセルを、グングンと踏み込み、自分の頭の中の将棋盤が複雑に変化していく。
そっか、これが兄さんたちが良く言っている「思考の時速300キロの世界」なのか。
ここは、駒が乱れ飛ぶ思考の世界。
私は、はじめてたどり着いた世界で、ひとりで跳躍する。
「やっと、笑ったな。来るのが遅いぞ、かな恵。お前の才能ならもっと早くに来ると思っていたんだぞ。ずっと、待っていたんだからな」
男の人の声が聞こえた。それは、ずっと昔に失われてしまった私の大事な大事な人の、懐かしい声で……
ずっと、ずっと聞きたかった声だった。
「やっと会えたね、お父さん……」
私がそう言うと彼は笑った。思考の波と自分が一体化していく。




