第四百四十話 個人戦開幕
「葵ちゃん、聞く?」
そう言って、文人先輩は私にイヤホンを渡してくれた。
「ありがとうございます」
「さあ、いよいよ始まりました。個人戦です」
会場の席に私と文人先輩は座って、将棋系動画の生中継をイヤホンで聞くことになった。
将棋全盛期の今、アマチュア大会でも、たまに動画サイトで生中継される。
さすがに地上波ではやらないが、各種動画サイトでは、今回の記念大会をプロ棋士が解説中継を放送してくれるようになっていた。
※
「今日の解説は、王竜に来ていただきました。王竜、今日はよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「王竜は、プロなのでこの大会には出たことありませんよね」
「ええ、さすがにプロは参加できませんからね。同級生が、出ているのは少し羨ましく見ていました」
「羨ましく?」
「だって、青春じゃないですか。自分は、同級生たちがこの大会で戦っているころは、プロ入りしていましたが、あんまり青春って感じじゃなかったですよね。年上のプロの先輩たちとの、血で血を洗う抗争みたいで。ドロドロというか」
「ハハハ」
「同じ将棋なのにな。先週の団体戦も、実は見ていたんですけど、やっぱり青春でしたね。勝っても負けても努力の結晶みたいで。優勝した佐藤桂太くんたちの学校も、最後は1年生の女の子がね、優勝が決まった時ふと安心して、涙がこぼれる瞬間。すごく感動してね、もらい泣きしちゃいました」
「えー、王竜は憎たらしいくらい将棋に強いのに~」
「そんな、人を冷酷人間みたいに言わないでください」
「それは、失礼しました」
※
「葵ちゃん、王竜に見てもらっていたんだね」
「なんか恥ずかしいです」
「まあ、あそこは、ネットでも盛り上がったみたいだよ。葵ちゃんの涙」
「うう」
「たぶん、この大会のハイライトシーンだよ」
「あんまり、からかわないでください」
※
「それでは、王竜。今日の大会の優勝予想をお願いします」
「う~ん、難しいところなんですが、やっぱり本命は、あの子ですね」
「ああ、豊田政宗くんですか。王竜は、公式戦でも1度戦ったことがありますよね」
「ええ、彼があまりにも強すぎて、ビックリしました。ダントツの優勝候補ですね」
「では、対抗馬はどう予想しますか? 事前予想では、団体戦の優勝をけん引した佐藤桂太くんや米山香さん。教育大付属でも、高校生最強のオールラウンダーとも呼び名が高い犬養くんや、団体戦では実力があまりだしきれていなかったけれど、豊田政宗の後継者とも言われる超新星・渋宮さんが人気ですが」
「実は、ここに上がっていない子が、私の本命です」
「それは、誰ですか」
「実は、この封筒に名前を書いています。でも、スタッフさんから、午後の部に発表してくださいと言われちゃって」
「なんと、王竜の本命は、封じ手されているんですか。それでは、午後が楽しみです」
「はい、楽しみにしていてください」
「それでは、大会が始まります」




