第四十四話 兄妹
「まったく、すごい試合をしたものね」
米山さんがふたりきりになったときに、ボソッとそう言ってきた。
「得意の攻撃を封印して、桂太君お得意の守備を放棄させる。すばらしい高等戦術」
「そうしないと勝てないと思ったからです」
「あいかわらず、勝負に辛いわね」
「だって、それが将棋じゃないですか」
「たしかにね、かな恵ちゃんの考えは、間違いじゃないわ」
「だったら、どうして……」
「でも、そんな将棋をしていて、つらくない?」
「……」
「話を変えるわ。桂太くんのことをどう思ってる?」
「どう、って……」
そんなことを言ってはいけない。だって、わたしたちは、兄妹なのだから。
「なに、将棋の話よ?」
「ぜったいに、わたしのことをからかってますよね」
「さぁ?」
だから、このひとは昔から苦手だ。
「うらやましい、将棋です」
「うらやましい?」
「わたしには、できない将棋だから」
「そして、わたしを上回る才能だから?」
「……」
「帰り道は、あなたに桂太くんを貸してあげるわ。今回の賭けは、あなたの勝ちなんだしね」
そう言って、米山さんはどこかに消えていく。
「……」
私は、何も言うことができなかった。
結局、なにも変わらない自分をどうにかしたかった……。
※
おれは、義妹と一緒に会場を後にした。
部長曰く「じゃあ、桂太くんは、かな恵ちゃんと一緒に帰るのよ。月曜日の放課後に、新入部員歓迎パーティー&大会のお疲れ様会ね、オーバー」らしい。
はっきり、言おう。かなり気まずい。
だって、そうだろう?
さっき、決勝戦で激突したライバル(義妹)なのだ。それも、妹は優勝して、兄のおれは敗北。「兄より優れた妹など……」なんてネタでごまかしたかった。それほど、気まずい。
「かな恵さん、将棋、本当に強いんだね」
気まずさを少しでもまぎわらそうとおれは口を開いた。
「お母さんが留守の時は、ずっと将棋をしてきましたからね。おもちゃ代わりでした。それに、今回の内容は、結果では勝ったんですが、内容では負けています。ぼろ負けです」
そう言って、彼女はため息をついた。いつもとはなんだか印象が違う。
「ごめんなさい、黙っていて。なんだか、言いだしにくくなってしまって」
「それは、いいんだけど、かな恵さんはどうして、将棋を?」
「亡くなった父に教えてもらったんです」
彼女の本当のお父さんは、彼女が小さいころに急死してしまったらしい。尚子さんがそう言っていた。
「だから、将棋が形見みたいなものなんですよ、わたしにとっては……」
そう言って、対局の時のように、彼女は冷たい笑顔を浮かべるのだった。
「でも、これで嘘をつかなくてよくなりました。家でも部活でもよろしくお願いします、兄さん」
「えっ?」
今、おれのことを兄さんって?
「米山部長との賭けです。私が勝ったので、桂太さんにひとつお願いを聞いてもらいます。私は、桂太さんを「兄さん」と呼ぶので、桂太さんはわたしのことを「かな恵」って呼び捨てにしてください」
いきなり、呼び捨てって。それは、なんでもハードルが高いような……。おれって、ただの将棋オタクだよ。そんなリア充ありえません。
「ダメ、ですか?」
上目遣いそう聞く美少女に、おれは抗うすべを持っていなかった。
必至どころか、即詰です。一手詰です。本当にありがとうございました。
「よろしく、かな恵」
「はい、兄さん」
こうして、おれたちは、本当に兄妹となった。
おれたちの戦いはこれからだ。




