第四百三十九話 決戦前夜
かな恵side
いよいよ明日は個人戦だ。
葵ちゃんに頼んだ兄さんへの説得もダメだった。葵ちゃんには辛い思いをさせてしまった。
兄さんのことを相談していたら……
「なら、私が行ってくるよ」
優しい彼女はそう言ってくれた。
「でも」
「ううん、かな恵ちゃんには、まだ大事な個人戦があるんだから、なにかあったらダメだよ。だったら、私が行ったほうがいい」
「ありがとう」
彼女の言葉に甘えすぎた。
葵ちゃんは、気丈に振る舞っていたけど、たぶん、相当悲しんでいる。私の責任だ。
最強レベルの終盤力を持つ葵ちゃんでも、今の兄さんには太刀打ちできなかった。
現状の兄さんの実力は、もしかすると……
豊田政宗に届きうる。
ワガママかもしれない。進化している兄さんへの焦りや嫉妬があるのかもしれない。
でも、あんなに苦しそうに将棋を指す兄さんを見たくはなかった。
あんなのは、昔の私だ……
過去の苦しい思い出に囚われて、将棋を楽しめずに、ただ勝つことだけで、自分を慰めていただけの、ただの怪物。
将棋だけに価値を見い出し、将棋だけしか自分にはないと思いこみ、自分を好きになってくれる人なんていないと思っていた、ただの生きる屍。
そんなことはない。かな恵には、他にもいっぱいいいところがある。将棋は勝つだけではない。そう教えてくれたのは、兄さんなのに……
「ミイラ取りがミイラですよ」
私は無理して笑う。
だからこそ、
明日は兄さんが私にやってくれたことを、そのまま返す。
そして、
彼を取り戻す。




