第四百三十八話 決戦前夜
「いよいよ、明日か」
私は、月を見つめながら自分の引退試合を思い描く。去年は、準々決勝で負けてしまった。今年はもっと上を目指したい。桂太くんとは別の山になった。また、彼と戦うためには、決勝まで行く必要がある。準決勝で運が良ければ、かな恵ちゃんとぶつかるけど……
そんなに簡単に事は進まない。桂太くんは、準決勝で豊田政宗と激突するし、このトーナメント表のどこにダークホースがいるのかわからない。
明日は全員、地区大会を勝ち抜けてきている強豪たちだ。鬼の住処。私は、そこに突撃しようとしている。そして、高校生活最後の大会だ。後悔はしたくない。
そして……
「大会、終わったら、答え教えてくれるかな? 桂太くん……」
運命の日。
桂太くんのことだから、たぶん、明日の大会が終わったら教えてくれるはず。それを考えると、とても怖い。
かな恵ちゃんと葵ちゃんは桂太くんの豹変に、かなりショックを受けていた。でも、私は……。
むしろ嬉しかった。そこまでして、私たちチームのために、頑張ってくれたのだから。そして、彼の考えを否定できない自分もいる。たぶん、ふたりよりも、私は勝負の世界にどっぷりはまってしまっているのだと思う。鬼の住処では、甘えは許されない。
桂太くんの将棋には二面性がある。
将棋を純粋に楽しむロマンティックな桂太くん……
そして、受けを得意とするリアリストな桂太くん。
今までは、純粋な桂太くんが前に出ていたけど、今は現実的なほうの彼が出ている。私が惚れこんだのは後者だ。
彼と一番将棋を指していたのは、自分だ。ふたりと私が見ていた桂太くんは、たぶん違うんだ。
だからこそ、できる限り近くで、彼の進化を見ていたい。
これは独占欲だ。
私が彼と出会ってから二年間持ち続けたもの……
誰にも桂太くんを、奪われたくはない。
彼は、渡さない。




