第四百三十四話 みなもとあおい
桂太先輩は、圧勝した。春田さんは、何もすることができずに、桂太先輩の激辛な受け潰しに完敗した。相手の精神とプライドをへし折るような将棋。あんなのは桂太先輩の将棋じゃ……
いや、自分のことに集中しよう。
せっかく、二人の先輩がつないでくれた連勝だ。ここで決めたい。さっきの分も取り返したい。
「よろしくお願いします」
私はいつの間にか盤を挟んで座っていた。
相手の方は、三年生の男子生徒で、法田さんという人だった。
「負けられない、絶対に負けられない」
法田さんは、なんどもつぶやく。気迫が籠っていた。それもそのはずだ。ここで負けたら、あと一歩でかなうはずの夢が叶わないんだから。そして、
引退という残酷な結果が待ち受けている。
私は、後手になった。
いつものように、中飛車に構える。
(▲7六歩△3四歩▲2六歩△5四歩▲2五歩△5二飛)と進んで……
「これで勝つ」
そう言って、金を動かす。
超急戦という戦い方だ。序盤から激しい将棋になりやすく、経験値と研究が大事になる。私の対策として、用意されたものだと思うけど……
この定跡は、もう知っている。桂太先輩と高柳先生に叩きこまれた。
(▲5八金右△5五歩▲2四歩△同 歩▲同 飛△5六歩▲同 歩△8八角成▲同 銀△3三角▲2一飛成△3二銀▲4一龍△同 銀▲5五桂)
と進んで、私の方が有利になる手順だ。
ほかにも、
(▲5八金右△5五歩▲2四歩△同 歩▲同 飛△5六歩▲同 歩△8八角成▲同 銀△3三角▲2一飛成△8八角成▲5五桂△6二玉▲1一龍△9九馬▲3三角△4四銀▲同角成△同 歩▲6六香△7二銀▲8二銀△2七角▲9一銀成△5三香▲8一成銀△5五香▲同 歩△8一銀▲6五香打△7四銀▲1三龍△5一桂▲5七香△2二銀)
となる手順もあるけど、こちらでも、互角。互角なら、終盤勝負で私は、戦える。
思い通りの変化になった。お互いに攻め合う展開。
お互いにミスをしたら、即死の状況で、終盤となった。
あとわずかな持ち時間を使って、私は必死に考える。
そして、大事なことに気がついた。
これが、みんなとして戦える最後の対局だと言うことに……
当たり前だけど、この楽しいお祭りをもう少しだけ続けたい。
部長が引退しなければいいのに。私だけ、部長との思い出が数か月なんて、嫌だ。
よくわからないまま、こんなすごい舞台に来てしまったし、もう少しだけみんなで喜びを分かち合い。
そして、桂太先輩に対する逆転の妙手も……
でも……
もう、そんなわがままを言っている時間ではなくなってしまった。
ガラスの靴を失う時間がやってきた。
「時よ、止まれ。汝はいかにも美しい」
古の博士のように、私はつぶやく。
目が潤んでいる。視界がぼやける。
この先にあるたったひとつの答えを見つけることができたから。
(△7七龍▲同 桂△7四桂▲同 金△8五金▲同 玉△7四銀▲9五玉△9四歩▲8六玉△7五角▲同 歩△同 銀▲9七玉△9九龍▲9八桂△8八銀)
17手詰。
これが私の見つけた栄光への道。
「ありがとう、みんな」
そして、私のシンデレラロードの終着点。




