第四十三話 祭りのあと
試合が終わった後、普通は感想戦がおこなわれる。
感想戦とは、簡単に言えば「対局者同士」の反省会である。何手目のここが悪かったとか、ここでの形勢はどちらが有利だったかを考えたりする。
ほとんど、なにをしゃべったのかおぼえていない。
唯一、おぼえているのは、あの問題の局面についてだった。
「あの場面では、もう負けを覚悟していました」
かな恵さんは、そう言った。
「そうなの?! かなり自信満々に見えたけど……」
「ブラフ、はったりです」
「だよね」
そうに決まっている。なのに、おれはそれに引っかかってしまった。集中力を欠いていたのだ。気持ちでも負けていた。あの局面で、一度王手をかけずに飛車先の歩を動かすのが正解だった。そうすることで飛車が自由に王目がけて突撃できたのだ。
動揺していた。
かな恵さんが、急に将棋大会に参加していたこと。
かな恵さんが、第2シードとして、すばらしい将棋を指していたこと。
準決勝で、文人を39手で粉砕していたこと。
見たことがない局面に誘導されていたこと。
言い訳ならば、何個でも口から生まれてしまう。
でも、はっきりしたことはひとつだけだ。
おれは、おれに負けてしまったのだ。
メンタル面で、いないはずの巨大な敵を作ってしまった。敵を過大評価してしまった。そして、おれが自爆した。
「優勝おめでとう、かな恵さん」
なんとか、そう言えた。別の感情をはきだしてしまいそうになる。
「ありがとう、ございます」
おれは椅子から立ち上がり、部長たちが待つ場所を目指した。そこにいるのが、とてもつらくて情けなかった。
「はぁー、部長になんて言おうかな……」
とても気が重い。おれは、彼女から勝ちを厳命されていたのに……。期待を裏切ってしまった。
「言う必要ないわよ。だって、ここにいるから」
「えっ」
頭をあげると、そこには小柄な先輩が笑顔で立っていた。ひきつった笑顔で……。
「さあ、懺悔しなさい。桂太、くん?」
「ぶ、ぶちょう」
「そんな、葛飾区の警官みたいに言ってごまかそうとしても無駄なんだからね」
「ご、ごめんんさい」
思わず噛んでしまった。
「まったく、もう少しメンタル面を鍛えないとダメじゃない。いくら秒読みだからって、あんな初歩的なミス初心者さんしかやらないわよ。もっとも、葵ちゃんならやらないわよ」
「知ってます」
あの子は、例外なんだけどな~
「米山部長、あんまり言わないであげてください。先輩は、わたしを教えてくれるために、勉強時間削っていたんですから……」
「まったく、葵ちゃんと、桂太君のふたりで旅行券ゲットして、豪華な合宿にするはずだったのにな」
「面目ありません……」
「でも、まあいいわ。結果オーライ」
部長は、そう言って満面の笑みをうかべた。すべてが洗い流される感じだ。
「えっ」
いま、結果オーライって……。つまり、目的は達成されたということだ。
「だって、初心者の部も、高校生の部もどちらも我が部員が優勝したんだからね」
「みんな、新入部員を紹介するわね。こちらは佐藤かな恵さん。我が部の期待の新入部員よ」
部長がそう言うと、かな恵さんはおれの後ろから現れた。
「どうも、皆さん。佐藤かな恵です。兄ともども末永くよろしくお願いします」




