第四百二十八話 のろい
将棋は難局に突入していた。
私の攻めを、銀翼さんは、ひたすら耐えて私へのカウンターを準備する。
一歩でも躊躇すれば、道を踏み外したら即座に逆転される切り合い。
極限の世界。狂気の世界。意識がなくなってしまうような緊張感。自分が他人になってしまうような一体感。世界が二人だけになってしまったかのような不思議な感覚。
時間すら簡単に歪んだ世界で、私は盤を挟んで相手の人と真剣に向き合う。
(なんで、あなたは将棋を指しているの?)
彼女にそう聞かれた気がした。
(私は大切なひとたちのため。そして、お父さんとの絆のために指しているの。あなたは?)
私が心の中で聞くと、彼女は私の方を見つめて笑った。
(私にとっては、将棋は呪いだよ)
彼女は、昔の私のような答えを紡いだ。
(のろい?)
(そう、のろい)
(どういうこと?)
(私にはこれしかないんだよ。家族もいない。勉強だってできない。そんな私を好きになってくれるひともいない。だから、これしかない)
(それで、将棋をしていて楽しい?)
(楽しいよ。すべてを持っている人、私は持っていないものを持っている人を倒す時、とっても快感だよ。みんな絶望してくれる。私と同じ気持ちになってくれる。すてきでしょ?)
(私がこんなことを言うのもあれだけど、あなたは歪んでいる)
(あなたがそんなことを言うの? 私とあなたは似ていると思ったのに。今日のあなたは、なんだか違う。ねえ、そのキラキラした気持ち私にも頂戴。あなたは、こっち側に戻ってこなくちゃいけないの。だから、戻してあげる)
彼女は、そう言った後に、一転して攻勢に転じた。




