第四百二十六話 相嬉野流
後手△4二銀。
それは不自然な銀上がり。私の初手も、この戦法を知らない人なら不自然だと思うだろう。
なのに、相手も同じように一手指す。これは不自然を通り越して、異常だ。
嬉野流。たしかに、銀を使って主導権を握る超攻撃的な戦法。銀翼さんの棋風的にもこの戦法は合っている。だが、私がこの手を指したうえで、同じように指す。
先後同型。
先手と後手の形が同じになること。普通であれば、一手先に進める先手が有利になりやすい形だ。この普通を覆すためには、2つの条件が必要になる。
ひとつめは、駒組の飽和に先手を誘導すること。
お互いに、駒をこれ以上進めたら、不利になってしまう状況を作って、手詰まりにしてしまうのだ。手詰まりになって、同じ手順を繰り返せば、後手は有利な先手になることができる。先手と後手で勝率は約5パーセント違う。数字上は、微差だと思われるかもしれないけど、この5パーセントは大きな違いがある。特に、相手が格上であればあるほど、5パーセントは大きな壁となる。
だが、今回の将棋ならお互いに攻め合いになって、飽和状態になることはないはず。むしろ、一手先に進むことができる先手の方が圧倒的に有利。
ならば、可能性はもうひとつのほう。
この先にある鉱脈を見つける自信があるということ。つまり、それは、私との絶対的な才能の差が自分にはあるとはっきり宣言したことに等しい。
さすがは、豊田政宗の後継者。
銀翼、将棋廃人、次世代の女帝。
その称号にふさわしいほどの努力。彼女は、口は悪いかもしれないけど、それにふさわしいほどの努力家だ。この発言にふさわしい人間。
私たちは無言で駒を進めた。




