第四十二話 混戦、そして決着
詰めろ。
対応を誤ったら、即終了の状態だ。おれは、かな恵さんの顔をみた。おそらく、困惑した顔をしているだろうと思っていた。でも、その期待は裏切られた。
彼女は、涼しそうに笑っていたのだった。おれたちが、プレゼントした万年筆を握りながら。
そして、思考時間0で、次の手を動かした。それは、正確に王でおれの角を討ち取っていた。
その様子を見ながら、おれはひとつの疑念に襲われていた。
「これは、本当におれが勝っているのか?」
あの自信に満ちた妹の顔をみてしまうと、今までの状況判断に誤りがあったのではないか。そんな疑心暗鬼に駆られる。思考に抜けがあったのではないか。もしかすると、どこかにトラップがあるんじゃないか。時間がない中、疑念はドンドン深まっていった。近くまであったはずの、階段の頂点は、遠ざかっていく。
「ぴー」
チェスロックの時計が警報をあげる。
考慮時間が10秒を切った合図だった。
焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな、焦るな……
おれは、思考がまとまらないまま、銀を打つことによる王手をかけた。一度、王手をかけて逃げようとしたのだ。目の前の難問から……。
それが……
大悪手だった。
すぐに冷静になる。
やってしまった。血の気が引く。頭が真っ白になる。だが、どうしようもない。かな恵さんの王は、即座に安全地帯に逃げ出した。絶対に詰まない場所へと。
取り返さなくちゃいけない。
そう、思いおれは飛車を動かした。致命的な2度目のミスだとも気がつかず……。
かな恵さんは、角をうちこむ。
おれの飛車を狙って……。
そして、それがおれの王への詰めろとなっていた。たぶん、15手詰。
おれは、諦めきれずに、詰めろを無視して、かな恵さんの王に王手をかけていく。
しかし、彼女は簡単に逃げていく。もしかしたら、相手がミスをしてくれるかもしれない。そんな甘い考えだった。もちろん、彼女は正確な逃げ方をしていく。
そして、馬によって攻撃は完全に防がれてしまった。
もう、終わりだ。
しかし、諦めたくても諦められなかった。
結局、王の死が確定するまで、対局を続けてしまった。
もうどこにも、おれの王の居場所は存在しなかった。
言いたくはないけど、言わなくてはいけない。
だって、それが将棋なのだから……。
「負けました」
おれの、準優勝が確定した。




