第四百十七話 棋聖
「よろしくお願いします」
私が先手だ。いつもの四間飛車に構えた。
「やっぱり四間飛車か。県大会の棋譜のように矢倉かと思ったよ」
「それは、私の弟子に対しての誘惑だから。犬養くんみたいな、彼女持ちには使うわけにはいかないの」
「ふん、言ってくれるな」
彼は、居飛車を明示した。これで、私の目指す方向に誘導することができる。
本当は、個人戦まで取っておきたかったんだけどな。さすがに、出し惜しみはできない。ここで負けるわけにはいかないのだから。
これは、私の3年間の総決算だ。
私が元々もっていた四間飛車。
桂太くんが教えてくれた将棋の厚み。
かな恵ちゃんが私に見せる盤上の奇手。
文人くんが頑張って作る研究量。
葵ちゃんが持っている終盤力。
高柳先生が好きな古典棋譜。
それが今の私を作っている。これは、みんなと私の将棋の総決算。
かつて、家柄に恵まれなかったため、将棋界のトップ名人になることができない伝説の棋士がいた。実力十三段とも言われたその棋士は、公式な場でも在野でもひたすら強豪をねじ伏せた。
そして、ついたあだ名は……
棋聖。
私は、いつも使っている美濃囲いを放棄した。そして、棋界の歴史の中に埋もれた伝説を召還する。




