第三百十五話 それぞれの責任
米山side
「まさか、あの葵ちゃんが、終盤で競い負けるなんて……」
文人くんは、そう言って天を仰ぐ。葵ちゃんが競い負ける。これは、チーム内でも衝撃的な出来事だった。かな恵ちゃんが個人戦で、葵ちゃんを倒したときと同じ。曲線的な戦いに持ち込んでの、僅差で勝利。やっぱり、相当研究されていたか。
さすがは、教育大付属。
まさか、ここまでとは。葵ちゃんの唯一の弱点であり、物理的な修正も難しい実戦経験の少なさを狙われた。これで、セットカウント1対2。もし、私が負けたら、ここで終わり、か。
そして、相手は教育大付属の部長であり、高校生最強の万能選手。
前回大会の個人戦3位であり、豊田政宗が参加していなかった3年前の全国大会王者。
居飛車なら、矢倉・角換わり・相がかり・雁木・横歩取り。
振り飛車なら、中飛車・四間飛車・三間飛車・向かい飛車。
奇襲戦法なら、嬉野流・筋違い角・パックマン。
これらを自在に使いこなす。それも専門家並みの知識をもって。
私みたいな専門家にとっては、対極にいる存在。
それが、オールラウンドプレーヤーだ。
相手に作戦を絞りこまれずに、逆に相手の最も苦手な作戦を狙い撃つことが可能になる。専門家にとってはやっかいすぎる相手。
実績も彼の方が上。負けたら終わり。
チームの切り札、ふたりも敗れた。
最悪の状況だ。でも、こういう時こそ、一番燃える。
私の大好きなひとも、うつむいている。
最高のシチュエーション。
うつむいているみんなに、 私は宣言する。
「なに、みんな落ち込んでるのよ?」
「「「「えっ」」」」
「いい、みんな優勝するんでしょ? 教育大付属なんて、通過点よ。ちょっと、不利になったくらいで、負けが決まったようにしてるんじゃないの。苦しい時こそ、私が勝つわ。かな恵ちゃん、私に続きなさい。わかった?」
「もちろん、です。部長」
恋のライバルも満面の笑みになる。
「じゃあ、行ってくるわ。応援、よろしくね」
これで、退路は塞いだ。もう、背水の陣だ。
見栄で言ってしまったことだ。でも、もう後には引けない。
「iacta alea est、ね」




