第四百十一話 はつこい
さあ、乱戦になった。私はまとめきれるか分からないけれど、自分の考えに従って将棋を前に進めた。
もう私が準備してきた局面からは遠く離れてしまった。この先は、未知の分岐点。
私は攻撃の陣形を作ったが、隙ができてしまっている。もちろん、相手が見逃すわけがない。
即座に角打ち。この後に、自陣に引き返して、守りに馬を加えるつもりだと思う。
私は、ここで狙っていた手を指す。
未だに、私の心の中で一番大きな存在。
あきらめなければいけないのに、あきらめてはいけない人。
人の心って矛盾ばかり。将棋みたいに、全部、論理ならいいのにね。
私は、この数か月で、はじめて、恋をした。
最高の時間だった。
でも、私の最高の時間は、苦い思い出で幕を閉じた。
※
「私は先輩が好きです。将棋で、見たこともない世界に連れていってくれる先輩も好きです。でも、一緒に普通のことをして、普通に楽しめるところが一番好きなんです。だから、ずっと先輩といっしょにいたいんです。私と、付き合ってください」
「葵ちゃん、ありがとう」
「答え、教えてください」
「うん」
「ごめん、他に好きな子がいるんだ。だから、葵ちゃんの気持ちには、こたえられない」
※
こうして、私の初恋は終わりを遂げた。
でも、私はまだ、彼を諦めきれていない。
だから、こんな陣形を作ってしまうんだろう。
雀刺し。
本来は、矢倉を倒すための陣形だが、私は相振り飛車でもこれを応用する。
そして、これは……
大好きな人がよく指していた形だった……
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用語解説
雀刺し……
歩と香車・飛車を連ねて、一点突破を狙う戦法。
主に矢倉崩しに使われており、矢倉の森下システムの天敵でもある。
ちなみに、テレビでも大人気の加藤一二三九段も彼が名人を獲得した前後の80年代に愛用していた。




