第四十一話 乱戦
ついに、おれたちの銀が交差した。
おたがいに腹を合わせて、にじり寄る銀から火花が見えてくるようだ。しかし、相手の銀の守備範囲によって、おれの銀は動きを停止しなくてはいけない。
これを打開するためには……。
歩の打ち合いだ。
敵の銀の前に、歩を打ちこんで、強引に守備範囲をずらしてしまう。かなり、強引なやり方だが、実戦的で効果的な手法だ。
しかし、かな恵さんもそれを見越して、角を5七の地点に動かした。
これで、歩の打ちこみを警戒しつつ、銀の交換会をおこなう腹づもりらしい。
どちらが、いったい優勢なのだろうか。
もはや、誰にもわからないくらい混沌を生んでいた。
かな恵さんは、銀の交換をおこなう前に、おれの飛車の前に歩を打ち捨てる。
おれは、2分ほど考慮時間を使う。なるほど、数手先におれの攻撃陣を封鎖する手段がある。しかし、それをすると、おれの銀をうちこむ隙が生まれて、状況はさらにカオスなことになっていく。かな恵さんは、角を使って、おれの飛車にカウンターをしかけようとしてくるはずだ。だが、主導権は、おれが握り続けることができる。
おれの将棋歴で、前例はほとんどない未知の世界。
力と力のねじり合いだ。
おれは、相手の誘い水を飲む。
ここで、引くことはできない。気持ちで負けてしまうからだ。こんな未知の世界でメンタルでも負けたらいけない。主導権を握り続けて勝つ。そう力強く考えて、おれは駒を動かした。
※
20手ほど進んだ。おれの陣形は無傷で、おれが相手の陣地に一方的に進軍していた。かなりの優勢とみていいだろう。かな恵さんは、おれの陣形を倒すための糸口すら作れていなかった。
唯一の懸念事項は、未知の局面だったため、時間を大幅に使ってしまったことだ。おれの持ち時間は無くなり、秒読みが開始されていること。反対に、かな恵さんの、時間はまだ8分ほど残っている。そこが唯一のストロングポイントだろう。
「このまま、押し切る」
かな恵さんは、目をつぶって覚悟を固めたようだ。
自陣に駒を打ちこんで、徹底抗戦の構えを見せていく。
総力戦だ。出し惜しみもなく、受けきるつもりだ。悲愴な覚悟すら垣間見える、焦土戦術。陣形がどんどん複雑化していく。
おれは、さらなる猛攻を加える。
かな恵さんは最強の駒≪飛車≫すら捨て駒にした。
おれの持ち駒は、金と銀が1枚ずつと、歩が4枚。
かな恵さんは、飛車と角、銀、歩が1枚ずつ。
おれは、彼女の玉へと詰めろをかけた。
最後の乱戦が始まる。




