第四百九話 プライド
「よろしくお願いします」
私たちは、あいさつし駒を並べた。今回は、私が後手で倉川さんが先手。
倉川さんは、私と同じ中飛車の専門家として有名だ。そして、経歴ははるかに上だ。将棋の経験値は、序盤と中盤に大きく関わってくる。特に中盤は、手が無限に近く、その中から悪手を指さないようにするためには、経験値に基づく直感が必要になってくる。
技術や努力では埋めることができない経験の差。
だからこそ、序中盤でリードを奪われることは、仕方ないとあきらめている。私の最大の武器である終盤にすべてをかけるため、遅れずについていくことを意識して、将棋をしていくことにする作戦を取る。
ある程度のリードなら、終盤でまくることができるはず。
彼女に勝つためにはこれしかない。高柳先生も太鼓判を押してくれた作戦だ。
倉川さんの初手を待つ。
▲5六歩。やはり、中飛車だ。
私も、同様に中飛車にする。
相中飛車。お互いに、中央に飛車を動かして、にらみあう作戦だ。
プロでは指されないが、アマチュアには大人気な作戦。
お互いの中飛車愛がぶつかり合う。手詰まりになりやすく、どこかで工夫しなくてはいけない戦い方だけど、私にとっては思い出の戦法だ。
はじめて大会に出た時、同じ形になった。あの時は、先輩の優しさにただただ、甘えていただけだった。でも、今は違う。私にだって、チームの一員としての責任がある。
経験が足りないからと言って、負けるわけにはいかない。
プライドに従って、私は退かない。
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用語解説
相中飛車……
お互いに中飛車を採用したときに現れる相振り飛車の一種。両陣営ともに、中央に駒の利きが集中しているため、手詰まりになりやすく、それをプロは嫌って実戦例は少ない。
ただし、アマチュア界では幅広く支持されている形。




