第四百八話 敗北
おれはふらつきながら、みんなの元へと戻る。最後に何か豊田さんと話したが、内容はよく覚えていない。途中で、葵ちゃんと会った。
「桂太先輩」
「葵ちゃん……」
少しだけ気まずい雰囲気になる。彼女の告白を断った時でも、こんなに気まずくはならなかったのに。
「ごめん、葵ちゃん」
俺は、かわいい後輩にそう言うことしかできなかった。
「謝ることないですよ、桂太先輩。二人の対局は本当にすごかったです。もう異次元みたいな雰囲気がありました。でも最後に運がなかっただけです。みんな誰も責めてないですよ。本当に、本当に感動しました。だから……そんなに悲しい顔をしないでください」
彼女はいつも優しい。こんないい子の好意を踏みにじってしまった自分が嫌になる。
「うん」
「じゃあ、私も行ってきます。応援、していてくださいね」
「うん、がんばってね」
「はい」
葵ちゃんの姿が消えた後、俺はひとりでつぶやく。
「違うよ、葵ちゃん。運とかそういうレベルじゃない。実力が違いすぎるんだよ。もう、勝てる気がしない」
そう言って、俺はトイレに駆け込んだ。誰もいないことを確認して、俺は……
「くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
絶叫した。目からは透明な液体が流れていた。
※
教育大付属side
「さっきの試合、すごかったね」
相田センパイはそう言って一息ついた。
「ああ、佐藤桂太もうわさ通りの怪物だったし、下手したら負けてたかもしれないよな」
先生もかなり安心している。
「うん、あんな連続王手の千日手みたいな手を豊田に使わせただけでもやばさがわかるよ」
「楽勝だったら、あんな手順選ばないはずだよ、豊田は」
部長も倉川さんも同じ意見だ。でも、私にはわかる。たぶん、豊田先輩はまだ余力を残している。だからこそ、あんなパフォーマンスを見せたんだ。見た感じ、あの佐藤桂太は相当な実力だけど、まだ私たちの段階までは届いていない。
そして、今回の対局で大きな挫折を味わったはず。なら、問題ない。豊田先輩の持っている毒は、治療に時間が必要だ。個人戦までに持ち直せるかわからない。だから、個人戦も優勝するのは、わたし。都大会のリベンジ、させてもらうよ。
「行ってきます」
倉川さんがそう言って会場に向かった。
(あー、暇だな。早く、私の出番こないかな)
そう思いながら、私は次の対局を楽しみにしていた。次に来るダイヤの原石を見定めるために。




