第四百七話 千日手
連続王手の千日手。
同一手順の王手を繰り返すことを意味する。そして、これは二歩などと並ぶ将棋の数少ない反則ルールだ。この手順にはまった場合、王手を仕掛けたほうつまり、俺側が打開を強要される。もし、打開できなければ、反則負け。
将棋において、詰みまで研究されている定跡はいくつかある。相居飛車では「角換わり腰掛け銀」の「木村定跡」や横歩取りの一部の変化、振り飛車では四間飛車に対する「天守閣美濃への藤井システム」などが代表例だ。
また、不利だとされる後手が、千日手に誘導することも現代将棋ではよくあること。千日手からの指しなおしになれば、先後逆になり、有利な先手を確保できる。
しかし、連続王手の千日手に誘導する研究なんて、聞いたことがない。たしかに、将棋ソフトは千日手の判定が苦手とする部分はあるが……
「つかまされた」
完全にやられた。序盤の変化を除けば、ここまで一直線の定跡だからこそ、狙われていたんだ。この連続王手の千日手になる変化を除けば、俺が圧倒的に有利になる。だからこそ、誘導できるという確信を豊田さんはもっていたことになる。俺が、最強の要塞だと思っていたこの定跡は、「砂上の楼閣」だった。俺の専門分野ですら、最強の研究には勝てないのか。
打開策をひたすら探す。
しかし、行きつく先はバランス崩壊による自陣の崩壊だ。
一手遅くなることで、一直線の敗北を俺は迎えることになる。粘るための盤面複雑化しか、指すことはできなかった。
「打開してくれたね。でも、残念でした。それも研究済み」
ノータイム指し。俺の最後の希望である盤面複雑化の構想も一手で崩れ落ちる。
もうどうにもできない。
天を見上げて、俺は自分の無力さを呪う。
選べるのは、投了の言葉だけだった。




