第四百三話 削り合い
女神は勇者に微笑む。
俺は、大名人の名言を何度も心の中で復唱して、攻めを敢行した。
強敵と対局する時、俺は何度もこの言葉を繰り返している。
将棋において、一直線の切り合いになることは多い。その一直線の切り合いにおいて、一度でも躊躇したら、それは即敗北につながる。攻めて、勝てると思ったら、怖がらずに踏み込む勇気が必要になる。
だからこそ、この頂点との対局では、冷静に考えて前に進む勇者にならなくてはいけない。
目の前の人物は、最強の人工知能の化身。
相手にとって不足なし。
応手も、俺の研究範囲で進んだ。
慎重に手が進む。大魔王に、序盤からリードを奪われると、もう取り返すことができない。だからこそ、研究範囲でも、相手の罠がないか見極めながら手を進めなくてはいけない。
こういう場合は、完全な神経の削り合いになる。
(△4二角 ▲5五歩 △3一玉 ▲5四歩 △同 金 ▲5六銀 △5三銀 ▲4七金 △6四銀 ▲4五歩 △5七歩 ▲同 金 △6五銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲4四歩 △8六歩 ▲同 歩 △5六銀 ▲同 金 △4四銀 ▲4三歩 △8六角 ▲8七歩 △6四角)
これが俺が目指す理想形だ。
この変化に対して、豊田さんが何かしらの研究を用意しているか、もしくは穴を見つけることができるのか。
前者の可能性は、限りなく低い。なぜならば、この変化は非常にマイナーだから。よって、後者の可能性を俺は恐れている。はたして、頂点の才能はどれほどのものか。
俺は、挑戦者ながら、この対局を楽しんでいた。
間違いなく、俺はトップを手玉に取っている。
次の一手を見て、そう確信した。
「△4二角」
豊田さんは、俺の計画通りの手を指す。
完全に主導権を握った。一気に攻め潰す。




