第四百二話 急戦矢倉
俺の初手はいつものように飛車先の歩をついた。
後手の豊田さんも同じく居飛車を明示。
これで戦型は、相がかり、矢倉、角換わり、雁木、横歩取りのどれかに限定される。
俺が目指すのはもちろん、矢倉だ。
これ以外で、彼に勝つのは不可能に近いだろう。そして、格上に勝つために用意していることがもう一つ。
それは、"急戦矢倉"だ。
お互いに矢倉に囲い合う戦法を相矢倉という。これは持久戦になりやすく、本当に強い人が勝ちやすい。それに対して、急戦矢倉は先手が矢倉を組んでいる間に、後手は矢倉を放棄して一気に攻めかかるものだ。
本来は後手の戦法だが、それを先手の俺がやる。
これは奇襲。
この奇襲にはいくつもメリットがある。
まず、自分から攻め込みやすく、主導権を握りやすいこと。格上には、自分から積極的に攻めないと、なかなか勝つことができない。だから、俺はあえて得意の受けを控えて、積極的に前に出る。
もうひとつは、この戦法の奇襲性が高いことだ。一般的な戦い方ならば、豊田さんのコンピュータ研究の餌食になる。ならば、相手が研究していないおれの土俵に引っ張り込むだけだ。
俺が対豊田さん対策に考えたのがこの作戦。これで少しは勝つ可能性が高くなるはずだ。準備の一手を指す。
米長流急戦矢倉。
昭和の戦法を最新のAIで、カスタマイズした俺流の新型急戦矢倉。さすがに、これには豊田さんもさすがに対応していないはずだ。
俺は序盤からリードする戦術で勝負に出た。
---------------------
用語解説
急戦矢倉……
本来は、↓のようにしっかり王様を守る城を作ってから、攻め合うのが王道。しかし、後手は1手遅いため、攻め続けられることになる。それを嫌って、後手の方から守備力を犠牲にして、攻撃を行う戦法。
米長流急戦矢倉……
昭和後期に、米長永世棋聖が考案した急戦矢倉。
本編の図のように、王様の移動を省略(赤い矢印の部分)を省略し、先に攻撃を仕掛ける戦法(青い矢印の部分)。
長年、後手の戦法だったが、近年では見直しが進み、先手番で使うことが多い。




