第四話 再戦
「よし、終わった」
二人の引っ越しの翌日、おれは再び将棋道場48で将棋に興じていた。
昨日は一日中、引っ越し作業で筋肉痛だ。ふたりは、荷物は少なかったのが幸いだった。午前中には、荷物の搬入を終えて、午後は尚子さんとかな恵さんのPC設定などを手伝った。
いままでふたりしか住んでいなかった我が家が、急に狭くなったような気持ちになる。
両親と妹。なんだか、ちょっと気恥ずかしくなるけど、嬉しい響きだった。
今日は、父さんと尚子さんはふたりとも仕事なので、兄妹ふたりだけだ。かな恵さんは、疲れたので自室でゆっくりしているそうだ。
おれも、今日は部屋で一日中将棋をするつもりでいる。
今日は少し早起きできたので、3勝1敗だ。お昼前にあと1局はできそうだ。
めぼしい対戦相手を探す。
そこには、見おぼえがある人物がいた。
<kana kana>さんだ。
この前、完敗したあの相手。
おれは、考える前に対局依頼のボタンを押していた。即座に承認される。
「先日はどうもありがとうございました。今回もよろしくお願いします」
どうやら、相手もおぼえていてくれたらしい。
おれも簡単に返信する。
今回は、相手が先手となった。
<kana kana>さんは、歩を動かした。
「5六歩」
珍しい手だが、このまえのパックマンほどではない。中飛車戦法を使いたいときによく選択される初手である。
中飛車戦法とは、飛車を中央に動かして防御を固めた後に、強烈なカウンターをしかけて中央突破をはかる力強い戦法だ。
やはり、カナカナさんは、攻撃が好きらしい。防御好きなおれの血が騒ぐ。
対して、おれは中央を突破されないように自陣の中心部に防衛網を構築することが重要だ。
今回は向こうが攻めまくって、おれが受けまくる流れになる。これは、おれが得意な流れだ。
「おなじ、相手に二度も連続で負けられるかよ」
おれはそう言って気分を高めた。
「よし、やってやるぜ」
おれの強固な防衛網を構築しようとした矢先、カナカナさんの角が盤の端にひょっこりと顔をだしたのである。
これは……。
「端角中飛車」
中飛車戦法の一種だが、そのなかでも最も攻撃力が高い戦い方だ。
中央突破に飛車だけでなく、角まで使う。敵が持つ最高戦力の駒をすべて使う重い攻撃が特徴となる奇襲戦法。
おれがつくる陣地と敵の最強戦力。どちらが強いかホコタテ(矛盾)対決。
戦争がはじまった……。
敵の猛烈な攻撃が、自陣に降りそそぐ。一瞬にして、おれの歩は消滅して、攻撃の駒と防御の駒の交換がはじまった。追い払っても、続く波状攻撃。
しかし、おれは冷静だった。
敵に小さな穴を作られても、即座にそこを修復する。突破口を失った敵は撤退を余儀なくされ、新しい戦端が開かれる。
泥沼の消耗戦だった。
そして、これがこちらの優位につながっていく。徐々に敵の戦力は消耗し、逆におれの陣地は防御力を増していった。
「受け潰し」
そう呼ばれる高等テクニックだ。敵の王を倒すのではなくて、攻撃力を完全に奪ってしまう。そうすれば、相手はなすすべがなくなり、負けを認めざるをえない。
敵の角が、討ち死にしたことで勝敗は決した。
「負けました」
「ありがとうございました」
前回とは逆のチャット文ができあがった。
「よっしゃあああ」
おれは、パソコンの前でガッツポーズをする。かな恵さんに怒られないように小声で。
勝利の余韻に浸っていたら隣から「キャー」という悲鳴が聞こえた……。
おれは、急いでかな恵さんの部屋に向かった。
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※補足
端角中飛車
……攻撃に特化した奇襲戦法。諸説あるが、とある漫画家が考えたと言われている。決まった際の破壊力は、数多くある戦法の中でもトップクラス。しかし、あまりに攻撃特化のため、しっかり受け切られると挽回はかなり難しい。
実は、プロのタイトル戦(1996年の王位戦、羽生vs深浦)でも登場したことがある優秀な戦法。