第三百九十九話 研究会
「負けました」
彼女の投了の声が、静逸な盤上に響くと、観客たちによる拍手が会場を支配した。
ギリギリのところだった。詰みが見えるかどうかはある意味では運だ。
でも、その偶然は、必死に将棋を学んだものにしか降りてこない。神様は、俺の努力を認めてくれたのかもしれない。
お互いに放心状態のまま、感想戦のための10分休憩時間が過ぎていく。
「やられました」
最初に口を開いたのは、相田さんだった。
やはり、あの局面。俺が、相田さんの作戦を覆すために、指した一手だった。
「正直、この局面に誘導できなかったら、負けていたと思います」
「狙い撃ちされちゃったのか。違う変化にすればよかったよ」
そう言って彼女は力なく笑った。対局を経て、少しだけ砕けた話し方になっている。
「ここしか、相田さんの研究の穴が見つかりませんでした」
「う~ん、穴だったのかな、あれ?」
「穴というか、大乱戦になりやすくて、格上にも一発入りやすいみたいな」
「やっぱり、研究手順外れちゃうと、勝負弱いな、私……。悔しいよ」
「相田さんの研究手順外すのが、一番難しいんですけどね」
「もっと精密に、一から洗いなおさないと、ね。私、落ち込んでも、あんまり引きずらないんだ」
そう言って彼女は、また前を向いた。
「あの?」「丸内君?」
俺たちの言葉はかぶさる。
「あ、どうぞ」
「あ、ありがと」
俺は相田さんに次の言葉を譲った。
「これ、私の将棋倶楽部48のアカウントとメールアドレス」
「えっ?」
彼女は、俺にメモを手渡した。
「良かったら、今度から研究会、しませんか?」




