第三百九十七話 二人零和有限確定完全情報ゲームの聖域
もうここで引くことは許されない。
攻める、攻める。こういう時に、桂太並みの「才能」や葵ちゃんのような「異能」があればといつも思う。でも、俺は持たざる者なんだ。だからこそ、ここまで来ることができた。ここから先は、すべてが運。
指運……
運が全く介在しないはずの二人零和有限確定完全情報ゲームにおいて、本来はあってはいけない用語だ。
しかし、限られた時間内で、人間の思考力が届かない聖域は必ず発生する。難解で確証がないまま、時間に追われて指した手が好手なのか悪手なのかわからない時、それは一種の運的な要素が生まれてしまうのだ。そこはある意味では、神が君臨する領域。
持たざる者同士であるはずの俺たちにも、その領域までたどり着くことは可能だ。この対局で、それが証明できた。
もう、直感に頼って、俺は寄せに行く。
※
「文人が詰ませに動いた」
俺は親友の一手を凝視する。読み切れていないからだろうか。手が震えている。
こういう時、俺たちの中では、葵ちゃんが一番最初に正解にたどり着くだった。
「……」
正確無比の人工知能に匹敵するほどの終盤力を持つ彼女ですら、沈黙を余儀なくされる難局。
文人は制限時間をギリギリまで使って、相手の玉に連続王手をかけていく。しかし、相手玉はスルスルと盤上を逃走し、文人の希望を奪っていく。
「届かないの……」
部長は絶望のような悲鳴を上げた。一見、文人の攻撃は完全にかわされているように見える。
葵ちゃんは頭を上下に動かして、正解をあぶりだそうとする。
会場は、異様な静けさに包まれた。
「そっか」
精密機械はついにたどり着いた。俺たちは、十三階段を登るような気持ちで彼女の答えを待つ。
「とどいてる。ギリギリ届いてるよ、文人先輩」




