第三百九十六話 難解
文人side
局面は、終盤に突入した。将棋はいくつもの逆転が連続して起きる。将棋は逆転のゲームと呼ばれるほど、激しい内容になるのはこのためだ。
序盤に有利になったほうが、そのまま圧倒することはかなり困難である。
では、どうして序盤の勉強をするのか。
それは、有利なポジションを奪い合うためである。
前半の貯金で、有利なポジションを獲得できれば、終盤がとても楽になる。
数十手前の何気ない一手が終盤の最後の最後で、効いてくることはよくある。
例えば、大名人の代名詞にもなった初期位置の飛車。
初期局面から、一切動かなかった飛車が、相手の玉を捕まえる最後の場面で作用し、仕留めてしまう。
プロの対局では、こういうところが頻出する。
何気ない歩の動きが将来の布石であったり、10手以上前に打たれた金が、相手の攻撃を遅延させるきっかけになったり……
すべては、偶然に見えて必然でもある。
相田さんの桂馬が、俺の王に迫った。必死だ。逃げることはできない状況。ここで、勝ち切らなければ俺の負け。
詰みは見えなかった。かなり難解な局面。
秒読みの中で、この難解な局面の最善手を見つけなくてはいけない。
ここからは、ほとんど運だった。
人事を尽くして天命を待つ。
ここまでの準備に、俺は夏休みのすべてをかけた。
もう怖がらない。
これでだめなら、それは天命だ。
俺は、相田玉に迫った。
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人物紹介
相田美月……
アマ四段。個人戦では、都大会ベスト4。
居飛車党で、高校将棋界だけでなく、アマチュア将棋界最強の解析屋とも呼ばれる。
角換わり研究の大家で、高校生ながら、電子書籍の著書をいくつも持つ。
彼女の著書は、プロですら参考にしていると噂される。
序盤でポイントを稼ぎ、攻め勝つ棋風。




