第三百九十三話 殴り合い
角換わり腰掛け銀の将棋を簡単に説明すると、殴り合いだ。
最初は先手と後手どちらかが先攻することが多い。先行した方は、ある程度の手数攻め続ける。受けに回った方は、それに丁寧に対応しながら、隙を見つけてカウンターに移行し、お互いに殴り合い一手差勝ちを目指す戦いが発生するのだ。
その戦い方には、無数の罠が仕組まれている。定跡が最も複雑化した情報モンスター。従来の人間が作り上げた定跡の上に、最新鋭のAIが考え、人間たちがカスタマイズした膨大な情報が上乗せされている。
もはや全体像を語るためには、辞書のような本が何冊も必要になっている。
俺たちの目の前にあるものは、人間とコンピュータが紡ぎだした情報量の怪物だ。
しかし、将棋の神さまがいるとすれば、この膨大な情報量の中にたったひとつだけの真理を用意しているはずだ。
有機物も無機物も絶対的なそれを求めて、ひたすらにさまよい続けるのだ。
たどり着かないとわかっていても、それに挑戦し続ける。
それが将棋好きの悲しい性だから。
その真理に挑めば挑むほど、自分が無力だとわかってしまっても、それに打ちこみ続ける。
俺が彼女を尊敬しているのは、そういうところだ。
自分の才能の限界を痛感しているはずなのに、それを言い訳にすることなくひたむきに研究に没頭する。その結果が、名門"教育大付属"のレギュラーの座であり、最も重要な先鋒を任されていることだ。
間違いなく、努力で才能を補完している。
昔の俺は簡単にあきらめていた。でも、彼女はあきらめずに続けていた。
だが、今は違う。
俺は彼女側の人間になった。
だから、もう何も恐れない。
さあ、来い。
俺は、憧れの人の攻撃を呼び込んだ。
俺たちの部活の伝統の"受け潰し"。
受けきってやる。




