第三百九十二話 全盛期
俺たちは、指定局面に到達した。
指定局面とは、この局面から先はいくつもの考えがあって、結論が出ていない未開の荒野となっている場面だ。
俺たちは、研究重視の棋風ということもあって、ここまではノータイムで到達している。魅力的な変化に心を奪われるが、それはすべて罠で、そこに食いついてしまえば数手先の地雷原に落とされるのだ。
「さすがですね、丸内くん」
相田さんが突然、声をかけてきた。
「えっ?」
「私の仕掛けた甘い蜜に、全然食いつかないんですもん」
「それは、そうですよ。俺は、あなたの大ファンですからね。この変化も、あなたの本に書いてありました」
「買ってくれたんですね。ありがとうございます」
「角換わりを指す人で、あなたの本を持っていない人は、ただのモグリですよ」
「そう言ってもらえると、すごく嬉しいな~。丸内くんも、角換わりの専門家ですよね?」
「一応、そのつもりです」
「あなたも、やっぱり周りの人との才能の差に焦りとかありますか?」
「あります。やっぱり、相田さんもですか?」
「それはもちろんそうだよ。うちの学校、強い人しかいないし」
「そうですよね」
「だからこそ、この角換わりが、私たちの希望なの。ここまで一緒に来てくれたと言うことは、一緒に見つけてくれるんでしょう?」
「そのつもりです」
彼女はここから最新の研究を使うと明言した。俺もここまでくることは、想定内。いくつもの指し方を用意してきた。
「丸内君、ここからはお互いに真剣勝負になると思うので、一言だけ話をさせてください」
「なんですか?」
「私の全盛期は明日。それが私の大好きな格言なんだ」
そう言うと、先手の彼女は歩を突きだし、開戦を宣言した。
「△同歩」
ついに憧れの人との夢の時間がスタートした。




