第三百九十一話 専門家の意地
先手が相田さんになった。
俺は後手だ。
後手なら一手損角換わりも選択肢に入るが、今回は俺も普通の角換わりを志向する。相居飛車の場合は、お互いに戦法の合意が必要になる。しかし、角換わりは、居飛車党なら絶対に必須の戦法であり、最も誘導しやすい戦い方だ。
だから、俺もこの戦法の専門家になることを選んだ。狭い範囲で勝負ができる角換わりは、部長や桂太に必死で追いつくために、考えた俺たちのような弱者の戦略だ。
俺たち。
たぶん、俺の目の前にいる相田さんもきっと同じだ。
周囲に圧倒的な才能がいる教育大付属で、レギュラーになるために必死に努力をした。その結晶が彼女のブログの研究で、出版した電子書籍に書かれている大量の変化だ。
彼女の育ちがいい余裕がある趣だが、本質は根性と努力の人だ。
じゃなければ、あの膨大な熱量の塊を作れるわけがない。
だからこそ、俺の憧れの存在だ。俺が立ち止まるわけにはいかない。だって、彼女が俺の目の前をひたすら走っていたから。
さあ、はじめよう。
プロフェッショナルの意地と意地のぶつかり合いを。
最新のAIが作り出した定跡。
角換わり4八金・2九飛車型。先手も後手もほぼ同じ形から戦いが始まる。研究が活きやすく、お互いの努力の結晶が盤面に現れるのだ。
さあ、ここからは根性と努力のぶつかり合いだ。
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用語解説
角換わり4八金・2九飛車型(通称"新型同形")……
細心の将棋ソフト(AI)が好む形が、人間の将棋界にも輸入された形。
2016年のNHK杯決勝で、表舞台に登場し、従来の定跡に激震を走らせて、従来の角換わり定跡を"旧型"へと追いやった。2020年現在でも、プロの将棋界では中心的な戦法となっている。
従来型よりもバランスが良く、攻撃も早い。




