第三十九話 自在
おれは防衛陣地を組み立てる。かな恵さんも陣地を動かし続けていた。彼女の陣地は、いまだに歩が動いていない。異様な光景だ。これがいったいどんな奇襲戦法なのか。おれには、わからない。ただ、ベストを尽くすだけ。
おれは攻撃をおこなうために飛車先の歩を動かす。うすくみえる敵の角の頭に狙いをさだめて……。
その瞬間、敵の銀は、5七の地点へと移動した。やはり、鳥刺しと同じ流れだ。あいての銀は斜め棒銀の構えを見せた。
おれは、速攻をねらい飛車先の歩を交換する。
そして、おれが、棒銀を採用して第二波を準備しているときに、敵の左銀はあらぬ方向に動きだした。
「6六銀」
攻撃をねらうために右に移動しようとしていた銀が急に左に転回したのだ。攻撃を得意とするかな恵さんが、まさかの防御の構えを見せはじめた。当初の予定では、おれが防御で、かな恵さんが攻撃という流れになるとふんでいたが、状況は混沌へと変わっている。
ここからは見たことがない展開となるのが確定した。
※
「なるほど、逆か」
「そっちか~」
高柳先生と部長はそう言ってため息をつく。わたしは、「なんで斜め棒銀にしないの?」とハテナマークを頭につけていた。
「あれはね、葵ちゃん」
わたしが困惑していると、部長が助け舟をだしてくれた。
「はい」
「桂太くんが、棒銀の構えを見せたから、その対策をするための左転回なのよ」
「対策?」
「攻撃要員とみせかけた銀が、実は防御側の要員だったみたいな」
「つまりは……?」
「そうね、つまり、かな恵ちゃんが桂太くんの攻撃を誘っているのよ。俗にいう、「誘い受け」というやつね」
なんだか、下ネタ臭がするネタには触れずに、私は感心する。
「じゃあ、展開は、桂太先輩が攻撃し、それをかな恵ちゃんが迎え撃つみたいになるんですね」
「そのとおり」
「正解」
「しかし、あのかな恵ちゃんが、攻撃をせずに受けに回るとはね。昔の彼女じゃ考えられないわ。それほど、桂太くんにご執心のようね」
米山部長はそう言って笑う。
「あの~部長?」
「なに、葵ちゃん?」
「部長とかな恵ちゃんは昔からの知り合いなんですか?」
さきほどから、そんなそんなニュアンスの言葉が多い。
「半分あたりで、半分はずれ、かな? 時期が来ればわかるわ」
「はぁ」
うまくかわされてしまったようだ。
時っていつだろう。
「さあ、桂太くんの攻撃がはじまるわよ」
そう促されて、わたしは再び局面のほうに視線を移す。その時の部長の横顔はなぜだか、少しだけ苦い顔をしていた。




