第三百八十七話 佐藤桂太
米山side
「……」
桂太くんの将棋を見て、会場のみんな言葉を失っている。
彼の将棋をいつも見慣れている私たちですら、恐ろしさを感じるほどの横綱相撲。
一番恐ろしいところは、市谷さんがどこで悪くなったのか、ほとんどの人が理解できなかったこと。その中には、フランケンシュタイン博士も含まれる。彼女の攻め方は、ほとんど完璧だった。少しだけ前のめりだったけど、たいていの人には咎めることはできない。
悪手も気がつかれなければ悪手ではない。それが私の自論だ。自分の読みには自信がある。あえて、悪手だとわかっていても逆転のためにあえて悪手を指さなくてはいけない時だってある。そういう時はいくつもある悪手の中から、一番読みにくい手順に誘導するべきだ。
情報処理能力の差で、敵を圧倒させる。これが、桂太くんと私の基本方針だ。
そして、彼の処理能力は、異次元の宇宙まで到達していた。私をはるかに上回る次元まで……
「いったい、どこで逆転したんですかね?」
葵ちゃんは、先生に聞いている。葵ちゃんは答えがある終盤にこそ力を発揮する。でも、中盤のように候補種がたくさんある盤面ではその力が半減する。だから、先生に聞くことが一番正しい。たぶん、この会場でさっきの将棋を正確に理解できる4人のひとりだから……
残りの人は、豊田政宗、佐藤桂太、そして、審判長だけだ。
「うーん、難しいけどね、あくまで俺の意見として聞いてね」
「はい」
私も注意して、先生の次の言葉を待つ。
「たぶん、最初から桂太くんが良かったはずだよ。逆転は発生していないよ。だって、最初からずっと桂太くんのほうがよかったから」
「つまり、それって」
「市谷さんは全部、桂太くんの掌の上で踊っていただけだよ、たぶん」




