第三百八十六話 情報の海
「一体、いつから」
私は、いつものキャラ付けを忘れて、唖然とした口調で思わずつぶやいてしまった。
油断していたわけではない。むしろ、佐藤桂太の集められる棋譜はすべて集めた。そして、そのすべてを並べて、対策を考えていた。
地方大会で、米山・山田という全国区の怪物二人を倒していたものの、あの時は、勢いがあった。だからこそ、実力以上の力が出ていたのだと思っていた。しかし、昨日の対局を見て、それが間違いだとわかった。彼の実力は、地方大会以上に伸びていた。
だけど、まだ負けるつもりはなかった。私と彼の実力は、まだ拮抗していると判断したからだ。
私は、去年の全国大会で米山さんと同じベスト8だった。しかし、辻本たちとの共同研究で、実力はさらに伸びていた。たぶん、去年の山田くんよりも、私のほうがはるかに強い。
豊田以外の相手には対等に将棋が指せる。そんな自信が私の中にはあった。
そして、序盤は完璧な指しまわしだった。我ながら完璧だと思うくらいの将棋が指せた。
一歩的に攻め続けていたはずだった。
なのに…………………………
……………………
……………
……
「どうして、私の陣地が一方的に蹂躙されているの?」
ほとんど互角の相手と対局している場合は、どこが悪くなったのかある程度わかるものだ。
でも、今回の対局では、私のどこが悪かったのかよくわからない。
つまり、これは……
佐藤桂太と私の棋力が隔絶していることを意味するのだ。高校級の全国の怪物となら、誰とでもいい勝負ができる私が、だ。
私の目の前にいるのは、豊田政宗にはまだ届いていないかもしれないけれども、超高校級の怪物だと言うことになる。
とんでもない怪物を育ててくれたのね、米山さん。彼女が産み出した災厄は開発者すら飲みこんで、世に放たれてしまった。
豊田将棋の本質が、序盤の緻密な研究と終盤の果敢な攻めにあるのだとしたら、彼の将棋は対極。もっとも膨大な可能性がある中盤を正確に読みこなし、必要とあれば、情報の海に相手ごと沈んで苦しみながらも正確な情報処理で獲物をしとめてしまう怪物だ。
情報処理力が桁違い。この人は本当に同世代の高校生なのだろうか。もはや、恐怖しか感じることはできない。私は投了を宣言した。




